江崎グリコ
アシスタントグローバルブランドマネージャー
玉井 博久(たまい ひろひさ)
リクルート、TUGBOATを経て江崎グリコ入社。日本国内のポッキーなどの広告を担当。2016年より世界のポッキーの広告を統括。17年よりシンガポール駐在。[著書]『宣伝担当者バイブル』(宣伝会議)、『「売り方」のオンラインシフト』(翔泳社)。
私は、「広告主にとってのカンヌライオンズ(以下カンヌ)の意義は非常に大きい」と思っている。カンヌから得たものは仕事にも非常に役立っている。カンヌの魅力と私なりの活用法をお伝えしたいと思う。
私は大学卒業後、リクルートとTUGBOAT(クリエイティブエージェンシー)を経て、江崎グリコに入社した。ポッキーを中心に、プリッツ、ジャイアントコーン、アイスの実などの広告を担当してきた。日本のポッキーの広告制作では、「どうやってキャンペーンを作っていくか」を考えている。2016年からは全世界のポッキーの広告制作を担当。現在、シンガポールに駐在して、引き続きポッキーの広告制作に携わっている。
当社の広告クリエイティブ戦略は、ブランドの持つ資産の向上を念頭に置いている。短期的な売上の増加を狙うことよりも、ブランドの資産が長期的に高まることを目指している。
世界的な企業の貴重なスピーチ
私が初めてカンヌに参加したのは13年だ。前の会社に在籍していたときも、クリエイターとして作品の応募はしていた。しかし、実際に参加したことで4つのメリットを感じた。
1番目は、世界的なブランド企業のスピーチをセミナーで聞けることだ。このような貴重な機会は滅多にない。カンヌではセッションが数多くあり、聞きたいコンテンツも豊富だった。全部聞くことができなくてもそのスピーチの一部でも 聞いておけば、テーマは記憶にしっかりと残るだろう。
下手なプレゼンテーションをすると会場ではブーイングが起こるほど緊張感があるので、スピーカーも手を抜かず、非常に質の高いプレゼンを聞くことができる。まさに、一つひとつのセッションが、私にとっての「学びの場」だった。もしわからないことがあったら、恥ずかしがらずに英語で質問したほうがよいだろう。
内容をしっかり聞くことで、「広告主がマーケティング・コミュニケーションの分野において、何に着目してどう考えているのか。どう取り組んでいるのか」がよくわかる。そして、数年後にはその広告主が行うキャンペーンのアイデアの中心になっているだろう。そこをきちんと理解していると、日本市場においては比較的「早い波」に乗ることができる。
参加者の多くはクリエイターのクリエイティブについての話を聞きたいようだが、私は「広告主の話を聞かないのはもったいない」と思う。聞いた内容には多くの気づきがあった。例えば、Eコマースへの本気度や、テレビCMとほぼ同額のお金をインフルエンサーに払っていることもここで初めて知った。こういったことを、日本での普段の仕事の中で広告会社や自社の経営層に話すと、相手も貴重な情報だと思っていた。
ブランド企業と同様に、大手プラットフォームの経営層もスピーチをするので、「このプラットフォームはどう考えているのか」について知るための良い機会にもなる。広告会社へのオリエンテーションの際、この内容を知っているのと知らないのとでは、広告会社から出てくる企画も当然違ってくる。「依頼する際にどこまで言えるのか」によって、最終的な広告の成果物は違ってくる。こういったことまで考えている日本の広告主はまだ少ないのではないだろうか。
クリエイター発掘や人脈づくりも
2番目は、クリエイターと出会えることだ。「有名ではないが将来性があるクリエイター」がカンヌライオンズには結構来ている。グランプリを受賞するレベルではないのだが、ブロンズ受賞者やショートリストに入るレベルのクリエイターだ。発注側の広告主としては、こういったレベルの人たちでも十分凄いと思っている。カンヌはこういったクリエイターを発掘する場にもなっている。
3番目は、パーティーに参加することで人脈づくりができることだ。カンヌライオンズでは、公式パーティー以外にも企業主催や仲間内のパーティーが毎晩たくさん開かれる。日本人にも外国人にも出会えるチャンスがたくさんある。参加すると人脈づくりにもなり、自分が知らなかった話を聞くことができる。もし人見知りな性格だとしても、日本の担当広告会社の人がどんどん紹介してくれるだろう。
私は13年のカンヌで、米国の制作プロデューサーに出会った。彼は、「グローバルブランドを目指すときに広告主がやるべき分野は、音楽、スポーツ、映画の3つだ。強いブランドはこの3つのうちのどれかと組んでいる」と言った。それを聞いて非常に納得したのだが、それまではそういう視点で考えたことがなかった。
このように、カンヌでの何気ない会話の中に大きなヒントがある。残念ながら、日本にいるときにはそういう話は全く出てこない。その話がすぐに仕事に役立つかどうかはわからないが、「将来ポッキーで大きなキャンペーンを仕掛けるときに、音楽、スポーツ、映画とのタイアップはアイデアとして出てくるのではないか」と考えている。
受賞作品やカテゴリーの増減に注目
4番目に、どういう作品が受賞したのかを真剣に見ていくと、「どういったレベルのもの、どういうアプローチをしたものが受賞したか」がわかることだ。私は賞の発表を毎日必ず全部見て、上位だけでなく、「どういう作品がショートリストに残ったのか」にも注目している。仕事が忙しくて参加できない年には、情報を国内外の複数のメディアから取るようにしている。アイデアを企画に生かすことができ、最終的にキャンペーンの成功確率が上がると思う。
それから、カテゴリーの増減にも注目している。もし、あるカテゴリーがなくなれば、その言葉が世の中で当たり前になったか、もしくは不要になったということだ。一方、新しいカテゴリーにも注目するようにしている。18年に「Creative eCommerce」という部門が増えたときは、「Eコマースがいよいよクリエイティビティの舞台になった。これから重要視しなければならない」と思った。
クリエイターのグリコファンを増やす
基本的に毎年カンヌに作品を応募するようにしている。もちろん、「応募しても恥ずかしくない、世界レベルの広告をできるだけ作って受賞したい」とは常に考えている。しかし、賞を取ることよりも、高いレベルの広告を出し続けることでキャンペーンが成功することのほうが重要だ。
また、応募すると「自社の広告がどのレベルにあったのか」をチェックすることができる。そのため、スパイクスアジアやアドフェストといった広告賞にも応募する。PDCAの「C」の機能だと思っている。
それから、「江崎グリコのポッキーの仕事をしたい」というクリエイターを増やすこともできる。多くのクリエイターは発注金額が高いから仕事を引き受けるのではなく、「その仕事を受けるとクリエイティビティを発揮できる」「世の中の役に立つものをアウトプットできる」といった点に惹かれて仕事を受ける「職人気質」を持った人たちだ。度々受賞をしていれば、当社の仕事を受けてくれる可能性は非常に高くなる。
例えば、当社が力を入れているキャンペーンがあるとする。クリエイターを指名して発注する場合は受けてくれる可能性が高くなる。コンペの場合は、コンペの参加だけではクリエイターにお金を払わないときもある。しかし、「この企業の案件なら、無料のコンペでも積極的に参加したい」と思ってもらいやすくなる。
今回のカンヌライオンズでも例年のように応募した結果、“Pocky THE GIFT”がデザイン部門でゴールドを受賞することができた。こだわりの素材と可愛らしい見た目で、日常のプチギフトになる限定発売のポッキーだ。パッケージを贈答用に一新して、年齢層の低い顧客の獲得にも成功した。食べる前にも「Happiness」を感じ、「見たくなる、触りたくなる、誰かにあげたくなる」ことを目指している。
ポッキーに関しては、「本当にそれで人が動くのか、商品を買いたくなるか」という視点を最も大事にしている。「1回触れてみたい、手に取ってみたい」と思われるようなクリエイティブに、今後も力を入れていきたい。
過去には、17年にプログラミング学習ができる無料教材アプリ「GLICODE®」がカンヌのPR部門とモバイル部門でブロンズを受賞した。プログラミングを親しみやすく学べるアプリケーションだ。
温めたアイデアを数年後に開花させる
私は、「カンヌライオンズは、自動車業界のエンジニアにとってのF1みたいなものだ」と思っている。「どういうエンジンを開発できるか」を考え、それが数年後に市場に浸透していくアイデアになる。つまり、受賞することや勝つことがすべてではないということだ。
このアイデアをいち早く知っておけば、2、3年後に成功確率の高いキャンペーンが簡単に生み出せやすい。グランプリ以外の作品もしっかり見て、作品に出てくる要素を企画にうまく入れ込むとかなり内容が良くなる。
コロナ禍になって、カンヌライオンズはオンライン開催となった。こういったイベントはリアルとオンラインのミックス型でやっていくのではないだろうか。日本人でまだ参加したことがない方も、最初はオンラインであれば入っていきやすいだろう。カンヌライオンズはクリエイターだけが行く場所ではない。広告主の方々もどんどん参加して、日頃の広告活動にうまく生かしてほしい。