2020.6.1 share

カンヌライオンズ。名前を聞いたことはあるが、それ以上はよく分からない。語りたくても語れない。そんな皆さんに“そもそも”論からお伝えすることで、カンヌライオンズとの関わりをより深めていただき、より多くのヒントを得ていただこう。そんな意図で連載を始めることにした。連載が終わるころには、読者の皆さんそれぞれに、「カンヌライオンズとの正しい付き合い方」が身に付くことを願って!今回はその第1回目である。

(多摩美術大学美術学部教授 佐藤 達郎)

筆者とカンヌライオンズとの関わり。

この歳になって、“日本で3本の指に入る”などと言えることは他には何も無いのだが、「カンヌライオンズに詳しい」ということに関してだけは、筆者は恐らく日本で3本の指に入るくらいの存在ではあるだろう。少なくてもそう自負している。

カンヌライオンズは今年で67回目を迎え、6月下旬に5日間にわたって、南仏カンヌで開催される、広告コミュニケーション/マーケティングの祭典だ。27部門(2019年時点)のいずれかに応募された施策がそれぞれの部門の審査員に評価され、グランプリ・金賞・銀賞・銅賞などの賞が与えられる。銅賞以上の受賞作は全応募作の3%程度とされ、大変に狭き門だ。

カンヌライオンズは、けっして安くはないがしかるべき登録料さえ払えば、誰でも参加できる。多くの場合参加者は会社から派遣され会社の経費で参加しているが、中には自腹で参加している人たちもいる。

筆者が初めてカンヌライオンズに参加したのは、広告会社ADK勤務時代の2002年、会社からの派遣だった。その後、04年にフィルム部門の日本代表審査員を務める機会に恵まれ、以降、ほぼ毎年のように現地参加し、19年までに16回足を運んでいる。会社員時代には他社とも連携しつつ、カンヌライオンズ勉強会の開催などを行っていた。10年前に大学教員になってからも研究取材を続け、毎年記事を書いたり、研究発表や論文および書籍執筆につなげたりしている。

“三大”ではなく、“1+4”。飛び抜けた存在のカンヌライオンズ。

何でも“三大”でくくりたがる人たちは、カンヌライオンズ、ワンショウ、クリオ・アワーズを「世界三大広告祭」と言ったりする。これにD&ADとロンドン・インターナショナル・アワーズを含めて「世界五大広告祭」と呼ぶ人もいる。ただ、五大広告祭としたところで、「1+4」というのが現実の姿だ。「1」がカンヌライオンズで、「4」がその他の有力な国際広告祭。「1」であるカンヌライオンズは他の広告祭に比べて、きわめて影響力が強いのだ。

欧米の広告クリエイターたちは、こうした有名な国際広告祭で賞をとることで、他社に引き抜かれたりする。その際、カンヌライオンズでの受賞がだんぜん影響力が強く、報酬のアップ度も増すという。

また、こうした広告祭での受賞作の傾向や有力セミナーで語られたことは、その後の業界動向に少なからぬ影響を及ぼすのだが、そうした意味でも、カンヌライオンズの影響力は、飛び抜けて大きいと言われている。

カンヌライオンズで、実際には何が行われているのか?

カンヌライオンズは、3つの成分でできている。それは、①「受賞作」と②「セミナー」と③「交流/語り」だ。

①に関しては、「受賞作」と言っても、もはや「作品」と呼べないものの方が主流だと言っていい。単純に1本のテレビCMや1枚の駅貼りポスターが選ばれるのではなく、新聞広告とツイッター施策を連動したものや、インフルエンサー・マーケティング的なものなど、その中身は幅広く、「事例=CASE」と呼ばれることが多い。これらの受賞作について参加者は、その内容を解説した事例ビデオや事例ボードで把握することができる。

②については、毎年300を超えるセミナーが開催されており、参加者も大変に熱心だ。朝一番のセミナーでも、長蛇の列ができる。ここで主だったセミナーを聞いてさえいれば、業界の動向がだいたい把握できるほどだ。例えば今ではすっかり有名な「トリプル・メディア」(さまざまなメディアを「ペイドメディア」「オウンドメディア」「アーンドメディア」の3つに分類し、メディア戦略を考える)の考え方についても、日本で語り出される半年前には、筆者はここでのセミナーですでに把握していた。

③も、実は重要な要素だ。世界中の広告業界/マーケティング業界/コミュニケ―ション業界から1万5000人もの人々が一堂に介し、日々、その時々の問題やトレンドについて語り合う。世界を見渡しても、この分野でこれほどの人数が集まるイベントは他にない。人々は受賞作を見て考えを巡らし、セミナーを聞いて刺激を受け、そのことについてパーティや会食で語り合うのだ。ここで語り合い考えたことを、世界中のアドパーソン/マーケターがそれぞれ自分の仕事場に持ち帰り、次の1年のビジネスに生かそうと奮闘する。その意味で、カンヌライオンズにおける「語り」は、その後1年の世界のトレンドに決定的な影響を与えている。