2020.6.3 share

仏カンヌで開催される「カンヌライオンズ国際クリエイティビティ・フェスティバル(Cannes Lions International Festival of Creativity)」は、1954年に設立された世界最大級の広告祭です。毎年、約3万点を超える広告作品の応募があり、世界の著名クリエーターらが審査して優秀作品を表彰しています。
日本経済新聞社がカンヌライオンズの日本代表事務局となったことを機に、この2月に「社会・ビジネスを動かす創造力とは~カンヌライオンズにみる革新的クリエイティビティの現場~」を開催しました。そのセミナーの模様を3回にわたってお伝えします。

基調講演 「Seed Creativity for Business Innovation ~ 創造力がもたらすビジネスへの大きなインパクト」

  • 電通 第4CRプランニング局部長 クリエーティブ・ディレクター 志村和広氏

講演タイトルにもある「Seed Creativity」は、2017年のカンヌライオンズの電通セミナーで世界に向けて発表したもので、これからのクリエーティブの新領域の一つに位置づけています。
今、クリエーティブの世界では業務領域が大きく拡張しています。従来はクライアントのマーケティング課題を発見し、それを解決するための広告を創ることが主でしたが、今、事業レベルの相談が増えてきています。また、その際には社会課題の解決という大きな視点を持つことが重要になっています。実際に昨年のカンヌライオンズでは、多くの受賞作が明らかにマーケティング領域を超えて、事業レベルでの社会問題解決をテーマにしています。我々も同様に、多くのプロジェクトで各企業の事業領域の初期段階から、アイデアを武器にコミットしています。この新しいクリエーティブの領域が「Seed Creativity」です。
いくつか事例を紹介します。


都市の課題解決を目指した「OPEN ROAD PROJECT」

1つ目はトヨタの小型電気自動車「i-ROAD」。
調査では多くのユーザーが乗り心地に満足していましたが、実際に生活の中で使うとしたら、必要なものは乗り心地だけではありません。我々は、課題の本質はプロダクトの中ではなく、街の中にあるのではないかと考えました。そして、都市に住む人々の移動を自由にするというビジョンのもと、「OPEN ROAD PROJECT」の実証実験がスタートしました。

当初は音楽やカスタムパーツのサービスを開発しましたが、これは思ったほどうまくいきませんでした。一時的な楽しさは与えられても、ユーザー体験を大きく変え、何かの課題を解決するようなインパクトがなかったからです。ユーザーの抱えていた真の課題は、小型のi-ROADでも、クルマと同じ駐車場に駐車する必要があり、そのうえ同じ料金を取られてしまうことでした。そこで、我々が新たに開発したのがパーキングサービス「Small Space Parking」です。街中の小さなデッドスペースをシェアしてもらうことでネットワーク化し、アプリを使って予約して止められるようにしたことで、i-ROADを利用しやすくなり、サービス導入前と比べて公道での走行距離が約10倍に増えました。

しかし、新たな問題が発生しました。駐車サービスを提供した結果、自由になったユーザーは想定を超えて走行したため、街中のいたる場所でバッテリー切れを起こしてしまったのです。そこで生まれたサービスが「Smile Lock Outlet」です。よく見てみると、街中には使われていないコンセントがたくさんあります。しかし、それらは店舗のオーナーや個人の持ち物なので、勝手に使うことはできません。この問題を解決するために、電気の流れを可視化しようと考えました。我々は、コンセント自体に通信機能を持たせた新たなプロダクト「Smile Lock Outlet」を開発し、誰が、いつ、どれくらい充電したかを記録し、「使った人が、使った分だけ料金を支払う」というシンプルなシステムで電気のシェアを実現しました。
「OPEN ROAD PROJECT」はカンヌライオンズをはじめ、世界中で多くの賞を受賞しました。


「TUNA SCOPE」でマグロの資源問題解決へ

2つ目はマグロビジネスです。
日本人にとって、マグロは特別なものという意識がありますが、個人的には時においしさに当たり外れがあることが気になっていました。市場では、熟練の仲買人は長い経験値と感性をもとにマグロの「尾の断面」から品質を見極めています。そこで私は、この熟練職人の目利きという暗黙知を人工知能(AI)に移植し、広く流通する一般的なマグロに職人の目利きを入れることで、おいしいマグロを当たり外れなく食べることができる社会をつくれないか、と考えました。

我々は、マグロビジネスに強みを持つ総合商社の双日と連携し、膨大なマグロの尾部断面の画像データを集め、教師データとしてAIに学習させ、「TUNA SCOPE」を完成させました。スマートフォンで撮影したマグロの尾部断面画像をもとにAIによる高い精度の品質判定が可能になりました。現在「TUNA SCOPE」で検品したマグロは世界に向けて出荷を始め、シンガポール、ニューヨークに続き、2月から東京の店舗でも提供が始まりました。

プロジェクトを進めていくうち新たな可能性が見えてきました。ご存じの通り、マグロの資源問題は世界中で非常に大きな懸案になっています。現在のマグロビジネスは「重量」による取り引きが中心で、「品質」という概念があまりありません。結果、一網打尽に大量に捕獲することができる巻き網漁法が主流になっています。巻き網で捕られたマグロは、魚体同士ぶつかり、傷つき、品質が劣化しますが、量が捕れるこの方法が一番効率的になってしまいます。我々は「TUNA SCOPE」を広げ、マグロビジネスにも「品質」という概念を取り入れていくことで、捕り手側の意識を変え、資源問題の解決につなげていくことができないか、と考えています。現在、マグロの品質の世界基準をつくり、資源問題を解決することをビジョンに掲げてプロジェクトを進めています。
こちらも世界でいろいろな広告賞を受賞しています。


プロジェクト成功のための3つのポイント

最後に3つポイントをまとめます。

1つ目は「社会課題を解決するアイデアは必ずしも社会課題から生まれない」ことです。意外かもしれませんが、実はこれが非常に大事です。今までの事例を見ても、移動の自由や資源問題から発想しても、「Smile Lock Outlet」や「TUNA SCOPE」というアイデアは生まれません。皆さんも、社内のミーティングで社会課題の解決をテーマに議論しても同じようなアイデアばかり出てくると感じているのではないでしょうか。これは社会課題解決の議論にありがちな落とし穴です。なぜなら皆がロジカルに考えてしまうからです。社会課題は世界共通なので、皆がロジカルに考えると、世界中が同じ答えに行き着いてしまうのは当然です。
これを変えるには、あえて別の視点から発想することが大切です。例えば、個人の課題や体験からアイデアを出していく方法です。全体から考えるのではなく、あえて個からアイデアを起こし、それを社会課題解決にどう応用していくかという逆の順序で考えます。
これをやると今までと違ったアイデアが出てくるので、ぜひ実践してみてください。我々はこれをワークショップで体系化し、発想を個のユーザー目線に置き換えるという手法をよくやっています。

2つ目は、社会課題解決は単発のキャンペーンではなく、プロジェクトレベルでの取り組みが必要ということです。単発キャンペーンとプロジェクトでは目指すところが違います。多くのキャンペーンは問題に気づかせる・認知を広げることが目的になりますが、プロジェクトは社会問題に対して、リアルな課題解決が目的になります。効果指標が違ってくるため、プロジェクトに関しては立ち上がりの段階ですべてのステークホルダーとゴールを合意形成していくことが大事です。
すばらしいプロジェクトも、単発キャンペーンの効果指標で測ると失敗と見なされるケースも多々あります。初動の合意形成は非常に重要です。
カンヌをはじめとする海外広告賞を受賞するプロジェクトには、その裏側に様々な背景があります。この試行錯誤にたくさんのヒントがあるので、現地にいくと非常に勉強になります。プロジェクトを実施した人のプレゼンがあったり、実際にかかわった人と話す機会があるので、ぜひ現地に行ってみることをお勧めします。

3つ目は、多様性に富んだメンバーでフラットなワンチームを作ることです。プロジェクトは企画内容も大事ですが、「実施」が非常に大変です。企画が決まった段階では、まだ半分と思った方が良いでしょう。
新しいアイデアを実現するときは、外部の専門性や能力が必要になります。「OPEN ROAD PROJECT」のときは制作プロダクションの他、コンサルティング会社、システム会社、弁護士事務所など、幅広いメンバーの力を借りました。異なる会社の異なる才能を一つにまとめていくためには、「社会的な意義を持ったビジョン」を持つことが重要です。プロジェクトを進めるうえで失敗は多々起こります。また、会社同士の文化の違いや専門性の違いによる違和感は必ず生じます。これを乗り越え、個性あふれるチームを一つにしていくためには、ブレない社会的な意義のあるビジョンを持つことが大切です。社会的意義を持ったビジョンは、目先の利益や己のメリットに踊らされず、困難や失敗を乗り越えていくチームの原動力になります。

最後にこれからのエージェンシーの姿の話をします。我々の仕事の領域は以前と比べてかなり広がっていて、もはや広告の会社ではないのかもしれないと感じることがあります。しかし、どの時代になっても我々の武器は「アイデア」です。課題発見、企画発想・実現方法のアイデア、すべてにクリエイティビティが必要なことは変わりません。変わったことは、解決する課題の対象が個別の製品・サービスから、社会全体に広がったことです。これからのエージェンシーはクリエイティビティによって社会のあらゆる課題を解決する会社でなければなりません。これから先の世界には持続可能な開発目標(SDGs)をはじめ、解きがいのある様々な課題がたくさんあります。ぜひ皆さんとどこかで一緒に、未来を創っていくプロジェクトを進めることができれば幸いです。