2020.6.10 share

「カンヌライオンズに見る世界のコミュニケーション・トレンド」

  • 編集者・東北芸術工科大学客員教授 河尻 亨一氏

私は2007年からカンヌライオンズをほぼ毎年取材していますが、この12~13年の間で世界のコミュニケーションのトレンドが大きく変わってきたと痛感します。以前は商品のキャンペーンでメッセージを伝えるものがメインでしたが、現在は社会貢献をプロジェクトとしてどのように実現していくかという大きな流れの中にあります。

カンヌライオンズ自体も変わっています。例えば2013年には女性の審査員が約20%しかいませんでしたが、昨年はほぼ50%になっています。審査員長も男女ほぼ同数です。さらに、できるだけ多くの国籍と人種の人たちから審査員長を選ぶ傾向にあります。昨今よく報道されている「Gender Equality」や「Diversity」に、カンヌライオンズは比較的早くから取り組んでいました。


キーワードは「PURPOSE」

カンヌライオンズでは毎年、エージェンシーはもちろん、プロダクションやテクノロジー企業など世界中の様々な団体が数百におよぶセミナーをやっています。それらに参加しているといくつか共通のキーワードが出てくることに気づきます。昨今よく出ているキーワードは「PURPOSE」です。中学校で習う単語ですが、日本語の単純な「目的」よりもう少し広い概念として用いられています。

平たく言うと、ここで使われる「目的」は企業の社会的な存在目的のことです。世界ではジェンダー、人種、貧困、地球環境などあらゆる課題に満ちています。それに対してどのような取り組みを行い、どのように解決していくか、何のためにこの企業、ブランドは存在しているのかということを示すものです。

日本でも様々な企業がこれらのメッセージを発信していますが、カンヌに実際に行って感じることは、各社が必死、本気だということです。何となくお題目としてやっておけばいいやという感じは一切なく、これをやらなければ企業として、業界として将来はないという切実な危機感と信念をグローバルブランドが持ち始めていると感じます。

例えば昨年のあるセミナーで、ユニリーバのアラン・ジョープCEOは「PURPOSEの時代にはとても刺激的なチャンスがある」と言っています。「責任を持って適切にものごとを行うことで信頼を回復し、優れたクリエイティビティを解き放ち、ブランドを成長させることができる」という発言もありました。社会貢献とブランドの成長は両立する――日本の文脈の中で肌感として理解することは難しいかもしれませんが、この考え方はいまや世界のマーケティング産業の中ではスタンダードになっています。
逆にこのような意識が乏しいことを「Woke Washing」と言い、このような企業、ブランドは衰退に向かうと言い切っていました。

このような背景を前提として、実際にカンヌで受賞した作品をいくつかご紹介します。


グローバル企業の「本気」に高い評価

最初はNIKEの「Dream Crazy」というキャンペーンです。日本でも報道されていたのでご存じの方も多いと思いますが、元NFLのコリン・キャパニック選手が、人種差別に対する意思表示として試合前の国旗掲揚時に立ち上がらなかったことでバッシングを受けました。
そんな中、NIKEはおなじみのキャッチフレーズ「Just Do It.」30周年のキャンペーンに、渦中のキャパニック選手を使いました。キャンペーンは開始直後から大炎上し、なぜキャパニックを使うんだとの大合唱で、シューズが燃やされることもありました。株価も大きく下げました。

しかし、たとえどんなに人からバッシングを受けようと、自分の信念に従って行動することがNIKEという会社の哲学と重なるというメッセージが理解されはじめ、徐々に世論が逆転して、大絶賛に変わりました。もちろん、ある種の賭けでもあったわけですが、明確な「PURPOSE」をもって外部に流されずにキャンペーンを続けることで成果が出た事例と言えそうです。

次はマイクロソフトのゲーム機「Xbox」の例です。普通のコントローラーだと手の不自由な子どもが遊べないので、体の動きでゲームが楽しめるものを開発しました。この広告をCM放送料金が高いことで有名なアメリカの「スーパーボウル」中継で流し、YouTubeでも体の不自由な子どもたちが喜んでいる様子を流して、大変話題になりました。「PURPOSE」を示すことで自分たちがゲーム業界のリーダーであることをイメージ付けているわけです。

IKEAの例もご紹介します。部屋のスイッチをつけたり、ドアを開けることは、体が不自由だととても大変です。不自由な人でも快適に使える商品を、データをダウンロードして3Dプリンターで作る仕組みを開発しました。「Disable(体が不自由である)」をもじった「This able(これでできるようになる)」というプロジェクトタイトルも評判でした。

このようにNIKE、マイクロソフト、IKEAといったグローバル企業が、本気で課題に取り組んでいて、カンヌではそれが非常に高く評価されています。


明確な「PURPOSE」がムーブメントを起こす

グローバルブランドだけではありません。

ドイツの女性用生理用品の会社の例を紹介します。ドイツでは消費税(付加価値税)が7%と19%の2種類あり、食品や生活用品、書籍などは軽減税率が適用されて7%ですが、ぜいたく品などは19%の税金がかかります。女性用生理用品がぜいたく品と同じ19%の税金がかかるのはおかしいという発想から、それならタンポンを「本」のおまけにして販売すれば7%になるんじゃないかというキャンペーンです。これは大きなムーブメントを起こし、Change.orgでたくさんの署名が集まり、カンヌで話題になった後、実際にドイツの法律が改正されることになりました。

アメリカの「カントリータイム」というレモネードブランドのキャンペーンもご紹介します。アメリカでは子どもたちが夏休みに自家製のレモネードを作り、家の前で道行く人に売ってお小遣い稼ぎをすることが古き良き伝統で、風物詩でした。しかし最近では法律が厳しくなり、子どもがレモネードを売るにも多くの申請書類が必要になって、なかなかできなくなっているようです。「カントリータイム」は「私たちはレモネードを売りたい子どもたちを応援します」と申請や資金援助などをするキャンペーンを行いました。すると応援したいという人が次々と現れ、ソーシャルメディアでバズり、ムーブメントになりました。結果、いくつかの州では実際に州法が変わり、子どもは自由にレモネードを売っていいことになりました。「カントリータイム」は売り上げが落ち、ブランドの存続さえ危ぶまれていましたが、このキャンペーンをきっかけに業績も回復したそうです。

このように社会の問題点を指摘することで法律まで変えてしまうようなキャンペーン、そしてそのことで企業の成長を促す施策が高く評価されるようになっています。もちろん、世界中のテレビでこのようなキャンペーンばかりやっているかというと決してそうではありませんが、最先端のクリエーティブが世界中から集まるカンヌライオンズという場所では、企業コミュニケーションにおける「PURPOSE」はとても重視されるようになっています。


現地に行ってわかる、世界における日本のポジション

カンヌでいま何が起こっているのか? その「空気感」までロジックでご説明するのは非常に難しい。ですが、わかりやすいイメージとして語るなら、世界のコミュニケーションは〝グレタさん化〞しています。

グレタさんというのは、昨年国連で演説して話題になった環境活動家のグレタ・トゥンベリさんですね。「① 社会課題の解決をテーマに掲げ」「② 大胆なアクションでバズを生み」「③ 寄付や関連書籍販売などの〝ビジネス〞も好調」なグレタさんの振る舞いは、とてもパーパス的です。
彼女自身どこまで意図しているかはわかりませんが、それがいまという時代なんでしょう。逆にカンヌをずっと見ていると、なぜ、彼女がいまあれだけブレイクしているか、感覚的に理解できます。ある意味でグレタさんは、パーパス時代の〝アイドル(偶像)〞なんだと思います。

米国のとある投資家は「気候変動対策は最大のビジネスチャンス。市場はそれを支持している」と述べたようですが、言ってみれば現代の企業は、グレタさんのようにコミュニケーションできるかどうか試されているんです。少なくともカンヌという場においては。

そのような状況の中で日本企業はどうかというと、エントリー数は国別では7番目に多いのですが(2019年)、その割には受賞数は多くありません。日本の半分しかエントリーしていないイタリアと受賞数は同じくらいです。これは良い悪いの話ではなく、広告は機能してなんぼですから、必ずしも賞を取ったから偉いということでもないのですが、現状我が国はグローバルのトレンドについていけなくなってきています。カンヌを現地で見ると、世界における日本、海外から見た日本を客観視することもできます。その意味でもとても興味深いイベントです。