2020.8.11 share

カンヌライオンズの“そもそも”論からを皆さんにお伝えして行く連載の第6回目をお届けする。今回と次回で取り上げるのは、カンヌライオンズにおける流れ、トレンドだ。2回にわたって、21世紀に入ってからをざっと振り返り、ここ数年のキーワードにも迫っていく。

(多摩美術大学美術学部教授 佐藤 達郎)

<新型ウィルスの影響で、10月開催へ変更される予定だった2020年のカンヌライオンズは結局“中止”となり、次回開催は2021年6月が予定されています。もともと開催予定だった6月下旬には、オンラインでのLIONS Liveが開催されました。>

“作品としてのクリエイティビティ”から“仕掛けのクリエイティビティ”へ。

この20年で最も変わったことは、“作品”ではなく“仕掛け”が重視されるようになったこと。20世紀では、1本のテレビCMや1枚のポスターが、作品としての素晴らしさを評価された。しかし21世紀に入ってデジタルやソーシャルメディアが台頭し、マスメディアのパワーが相対的に低下すると、現実のビジネスでも「1本の作品勝負」で人の心を動かすことは、難しくなってくる。

2010年前後からは、現実の広告界でもトリプルメディア(ペイド、オウンド、アーンド)の統合的な活用が謳われ、SNSとマスメディアをどう掛け算するかといった議論が盛んに行われる。

それに呼応して、カンヌでも統合的な“仕掛け”の素晴らしさが評価されるようになってくる。事例を1つだけ紹介しよう。2009年に複数部門でグランプリを受賞した豪州クイーンズランド州観光局による「The Best Job in the World」だ。グレートバリアリーフ地域の観光地としての魅力をアピールするために行われた“仕掛け”は、その中の1つの島に半年住んで簡単な業務をこなすだけで約1000万円もらえるというもの。この仕事への応募を動画による自己PRとし、世界中から申し込みが殺到、各国のテレビ番組でも数多く取り上げられ、予算対比の露出量は素晴らしい成果を記録した。

この事例において、ウエブサイトの作りが圧倒的に優れているかと言えば、正直“そこそこ”である。新聞広告はいわゆる突き出しの求人広告で、それだけを“作品として”評価すれば、平凡なものである。

にもかかわず、複数部門でグランプリを受賞した。何が評価されたのか? リーマンショック後の雇用状況の悪化という背景の下、“世界で一番の仕事”を設定し、動画による自己PRで世界から応募者を募り、その紹介を各国のニュース番組が取り上げて成果につなげる、という一連の“仕掛け”に対して、高いクリエイティビティが認められたのだ。

この“仕掛けのクリエイティビティ”は、今やカンヌのスタンダードとなっている。ただし、「仕掛けは大事だけれど、1本1本の作品のクリエイティビティもまた、おろそかにはできないよね」というのが、カンヌ全体の総意のようになっていて、“1本のクリエイティビティの高さ”で受賞する応募作も、共存していることも申し添えておきたい。


The Best of in the Worldの事例

多くの“仕掛け系”の部門では、2分程度の事例ビデオ(Case film)と事例ボード(Case board)で、応募と審査が行われる(写真は2019年の話題作Keeping Fortnite Freshの事例ボード)
※画像をクリックすると拡大表示されます。

何年も続く、ソーシャル・グッドの奔流。

もう一つ、ここ10年以上にわたってカンヌで最も頻繁に耳にするキーワードが、“ソーシャル・グッド”だ。

ごくごく簡単に言ってしまえば、“世の中にいいこと(ソーシャル・グッド)”を、広告やブランドが行うことで、好意度が上がったりブランド価値が上がったりする、ということだ。

こんな風に便利ですよ、とか、こんな機能が優れていますよとか、あなたの暮らしがこんな風になりますよ、と“単に伝え”て“単に買ってもらおう”とするのではなく、なんらか“世の中にいいこと(ソーシャル・グッド)”に関連したものの方が高い評価を受けている。また第4回の審査員の回でも述べたが、ここで高い評価を受けるということは、現実の世界においても“効果がある”、あるいは“効果が期待できそうだ”と審査員が考えた、ということも意味する。

このソーシャル・グッドの先駆け的存在として筆者の記憶に残っているのは、2007年アウトドア部門のグランプリを受賞した南アフリカの銀行Ned Bankのビルボード広告だ。そこに書かれているのは、「What if a bank really did give power to the people? 」(もし銀行が、人々に本当に力をもたらすとしたら、どうだろう? )というメッセージと銀行名のみ。ミソは、このビルボードには太陽光発電装置が取り付けられていて、最も貧しい地区にある学校のキッチンに電力を供給し、毎日1100人分の給食供与に貢献したということだ。

この事例がグランプリを受賞したのは、ビジュアルやコピーが優れていたとか、いわゆる“コミュニケーションの巧みさ”ではない。銀行がアウトドア広告を通して“世の中にいいこと(ソーシャル・グッド)”を行ったからだ。


Ned Bankの事例

日本のクリエイターやプランナー達の間では企画時に、“世の中ごと化”を図ろうなどとも言われるようになったこの流れは、その後少しずつ形を変えて、今ではより強い意味合いを持つ「ブランド・パーパス」に受け継がれて行くのだが、その点は、次回に譲ろうと思う。


この連載では数回にわたって、「カンヌライオンズ」の歴史と現状について解きほぐしていく。連載が終わる頃には、読者の皆さんそれぞれに、「カンヌライオンズとの正しい付き合い方」が身に付くことを願って!


1万数千人にもおよぶ参加者は、毎日贈賞式で受賞作を見て、時々のトレンドをつかみ取ろうと努力する


日中の時間帯は、こうした展示会場で事例ボードを仔細に検討し、やはりトレンドに想いを馳せる