カンヌライオンズの“そもそも”論からを皆さんにお伝えして行く連載の第2回目をお届けする。今回はカンヌライオンズの歴史について。第一回目がベニスで行われたこと、開催場所がカンヌに定まるまでに30年が必要だったこと、フィルム以外の部門が出来るまでに40年近くかかったことなど、知られざる事実のオンパレードとなっている。
(多摩美術大学美術学部教授 佐藤 達郎)
最初のフェスティバルは、実はベニスで開催された。
カンヌライオンズの“そもそも”論を語るには、まずは、その歴史の概略を抑えておきたい。以下は、カンヌライオンズ事務局の発行のマスコミ向け英文資料を元に、筆者がまとめたものである。
現在のカンヌライオンズのオリジンは、1954年に始まった「国際広告フィルム祭」にある。当時すでに行われていたカンヌ映画祭の影響もあって、劇場CMの振興を目指して創設された。始めたのは、劇場CM会社の世界的な業界団体“ SAWA”。対象となったのはテレビCMと劇場CMのみで、主に技術的な側面が審査され、CMの長さやアニメか実写かなどによって、カテゴリーが分けられていた。
現在のカンヌライオンズは、カンヌという土地と強く結びついている印象があるが、実はその第一回はベニスで開催された。このベニスの中心地サンマルコ広場のライオン像が、カンヌライオンズのシンボルとして今も使われているのだと言う。その後、モンテカルロでの開催を経て、カンヌでの開催へと至った。しばらくベニスで開催したりカンヌで開催したりを繰り返し、1984年になってやっと、カンヌを恒久的な開催地と定めた。1954年から1984年まで30年もの長きにわたって、開催地がカンヌに定まっていなかったという事実は、今となっては驚きだ。
“フィルムだけ”から、総合的な広告祭へ。
フィルムだけが対象のカンヌ=「国際広告フィルム祭」は、40年近くも続く。1991年に第一次湾岸戦争が起こり、その影響で広告界にも売上ダウンなどの危機が訪れた。その危機を乗り切るためにカンヌライオンズは、従来から行っていた広告賞の審査と贈賞に加えて、数々のセミナーを行うようになった。
さらに翌年の1992年、プレス&アウトドア部門が加えられ、フィルムだけではなく広告全般を対象とする“国際広告賞”として知られるようになった。まさに、“広告の聖地”としての第一歩を踏み出したのだ。ここでいう「プレス」とは、新聞広告や雑誌広告といったいわゆる平面(プレス)広告のこと。また、「アウトドア」は屋外看板の広告などが主な審査対象だ。
この後20世紀末あたりから、カンヌライオンズは、急速に多部門化することになる。1998年にはウェブやネット広告を対象としたサイバー部門、1999年にはメディアのクリエイティブな活用を審査するメディア部門、2002年には、クリエイティブなダイレクトマーケティングを審査するダイレクト部門、2003年には広告界における真に革新的な施策に贈られるチタニウム部門、2005年にラジオ部門、2006年にプロモ部門、2008年にデザイン部門、2009年にはPR部門というように、次々と部門を増やして行き、2019年現在27部門を数えるに至っている。
さらに、“広告”という言葉も無くして、クリエイティビティ祭へ。
カンヌライオンズの多部門化には、批判の声も少なくない。一つは、賞運営側のビジネス拡大の臭いが感じられるという指摘。もう一つは、応募するにしても受賞作をチェックするにしても、カンヌライオンズ全体の構成が複雑過ぎて分かりにくいというものだ。
カンヌライオンズ運営サイドは、この批判に対しては一貫して「カンヌライオンズは何かをリードしようとしているわけではない。現実の広告界/マーケティング界の動きを反映しているだけだ」という姿勢を崩していない。
確かに、カンヌライオンズが多部門化の道を取り始める20世紀末から、広告界/マーケティング界は複雑化を極めて行く。デジタルメディアやソーシャルメディアの台頭に呼応するように、それまで長い間続いていた「広告と言えばテレビCMか平面広告」という時代は終わりを迎え、様々な手法を駆使して施策を組み立てる“統合型マーケティング・コミュニケーション”が主流となって行く。
そうした時代の流れの中で、カンヌライオンズにとって、大きな大きな変化が2011年に訪れる。それまでの名称「カンヌ国際広告祭」から“広告”という言葉を取り去り、「カンヌライオンズ国際クリエイティビティ祭」としたのだ。こうしてカンヌライオンズは、狭い意味での「広告」の祭典から、マーケティング・コミュニケーション全般に関わる「クリエイティビティ」の祭典へと進化を遂げた。そしてその後も、毎年のように部門の追加や削減などの見直しを行い、現在に至っている。
この連載では数回にわたって、「カンヌライオンズ」の歴史と現状について解きほぐしていく。連載が終わる頃には、読者の皆さんそれぞれに、「カンヌライオンズとの正しい付き合い方」が身に付くことを願って!