カンヌライオンズの“そもそも”論からを皆さんにお伝えして行く連載の第3回目をお届けする。今回は、カンヌライオンズの「賞の体系=部門」について。
2019年で27部門(27のライオン)にまで肥大化し、複雑化した賞の体系について、その変遷も含めて可能な限り解説して行きたい。
(多摩美術大学美術学部教授 佐藤 達郎)
自身がデジタルに目を向けたのも、2002年のカンヌライオンズ参加から。
筆者は元々、雑誌広告や新聞広告、テレビCMやラジオCMを作って来た“トラディショナルな”制作者であった。20年前日本の広告界では、デジタル関連広告はまだまだマイナーなイメージがあった。ところが02年に初めてカンヌライオンズを訪れた時、「そのうち広告界はデジタル中心になる」という実感を強烈に抱いた。その結果、筆者はデジタル領域もカバーできるクリエイティブ・ディレクターを目指して行く。言ってみれば、カンヌライオンズ体験で制作者人生が変わったのだ。
具体的に感じたのは、「フィナーレを飾る最終日の贈賞式はいまフィルム部門だが、何年後かにはデジタルを対象とするサイバー部門に変わるのではないか」ということ。実際にはいまだフィナーレはフィルム部門だが、それはフィルム部門にデジタル中心のサブカテゴリーが設けられたことが大きい。そうした経緯を経て、18年には、なんと「サイバー部門」は廃止される。他の部門でデジタル施策も活用されるのが当たり前になったので、“デジタル施策だけ”にフォーカスするサイバー部門は不要となったというわけだ。
サイバー部門の“サブカテゴリー”の変遷を見てみよう。
サイバー部門が創設されたのは1998年。その時の3部門から、2019年の27部門まで部門数も増え続けるのだが、実は、部門の中のサブカテゴリーも時代に合わせて変遷を遂げている。特にサイバー部門では、他の部門と異なりサブカテゴリーに従って複数のグランプリが表彰されて来た(14年まで)。“実際に”何が応募され評価されて来たのか? が理解しやすいので、表1で年を追って整理してみた。
1999年頃の「オンライン・アド」とは、主にバナーを指している。また「バイラル(Viral)」という言葉も一時期花盛りで、ウエブ動画などが“ウィルスのように”広まることを指していた。今ではそうした現象は「ソーシャル」と呼ばれるようになり、サイバー部門の継承部門とも言われる「ソーシャル&インフルエンサー部門」に引き継がれている。
試みに有名な受賞作を拾ってみると、07年の「バイラル・マーケティング/バイラル・ビデオ」でのグランプリが、DOVEのEvolution。ごく普通の女性がメイクを施されステレオタイプの美人に変わって行く姿を描いて話題を集めたウエブ動画である。08年の「ウエブサイト&インタラクティブ」でのグランプリが、日本のユニクロによる「ユニクロック」。ウエブサイト上にお洒落な映像とともに使える時計を配して、便利なユーティリティを提供した施策だ。2009年の「ウエブサイト&インタラクティブ」でのグランプリが、オーストラリアの観光局によるBest Job in the World。島に住み込んで簡単な業務をするだけなのに半年で約1千万円という仕事を設定し、自己PR動画での申込が世界中から殺到した事例である。
それでも多部門化は続く。
整理のために、全部門が9つのトラックに分類された。
カンヌライオンズの多部門化は複雑すぎるとの批判にさらされるのだが、運営側は部門を減らすことは行わず(何故ならば現実がそのように複雑化しているから)、27部門を9つの“トラック”に分類して少しでも“分かりやすく”することにトライしている。
9つのトラックとは、①コミュニケーション、②クラフト、③エンターテイメント、④エクスピリエンス、⑤グッド、⑥ヘルス、⑦インパクト、⑧イノベーション、⑨リーチ(表2を参照)である。
既存の多くの部門を、それぞれの事情も考慮しながら分類しているため、分類の軸がそろっておらず(例えば、分類の大部分は一種の機能分類なのに、⑥ヘルスはある産業に特化しているなど)、苦しい感じもある。だが、「部門が多くなり過ぎて、何が何やら分からない」という応募者や参加者の不満への、1つの回答にはなったのではないだろうか。また、何百と開催されるセミナーも1つ1つ、この9つのトラックに分類されている。
27部門一つ一つを詳しく解説する余裕はないが、幾つかについてコメントしておきたい。クリエイティブ・データ部門は15年から。ビッグデータと言われ始めた頃だろう。クリエイティブ・ストラテジー部門は19年から。戦略プランニングについての審査だ。PR部門は09年から。話題作を多数輩出する今や人気の部門だ。SDGs運動の高まりを背景に、18年からは、サステナブル・ディベロップメント・ゴールズ部門が設けられた。さらに05年に設立されたチタニウム部門は、“最も革新的な施策”に与えられるもので、27部門のうちでもいちばん格が高いとされている。
この連載では数回にわたって、「カンヌライオンズ」の歴史と現状について解きほぐしていく。連載が終わる頃には、読者の皆さんそれぞれに、「カンヌライオンズとの正しい付き合い方」が身に付くことを願って!