2020.12.14 share

2020年は残念ながら、COVID-19(新型コロナウイルス)の世界的な影響のため史上初めてカンヌライオンズを開催できませんでした。そこで、昨年(2019年)までのデータを取り上げながら、SDGsへの取り組みとリンケージを強めているカンヌライオンズの現在地についてお話ししたいと思います。

クリエイターに必要な社会に対する意識の変革

私事ながら少し冒頭でご紹介したいエピソードがあります。このたび私は、国際的なデザイナーとして活躍され、没後9年となる石岡瑛子さんの評伝を上梓しました。実は石岡さんは、いまで言うSDGs的な感覚、持続可能な社会への深いまなざしをお持ちのクリエイターでした。2005年のあるインタビューで彼女はこんなことを言っています。

「地球を破壊する速度はいま、途方もない速さで進んでいます。次世代のためにも、地球破壊にストップをかけるすべての行動に関心があります。デザイナーは、いわゆるモノづくりよりも、意識の変革を向上させるために立ち上がるべきでしょう」

このインタビューから15年が経って、彼女が言っていた「社会に対する意識の変革」は、今ではグローバルにクリエイターたちの間で非常に高まってきています。それは、カンヌライオンズのこの10年の変遷からも明らかです。

カンヌライオンズの特徴として、クリエイティビティ=表現することを核としつつ、常にアップデートを重ねている点が挙げられます。カンヌライオンズはこのデジタル時代においても進化を続けており、私が初めて取材した13年前には8部門しかなかったのが、今や28部門にもなっています。それらの受賞作品を見ていくと、ある共通テーマが浮かび上がってきます。それは「パーパス(Purpose)」というキーワードで、言い表わされるようになっています。企業とクリエイターは「社会的”目的意識”を持って、マーケティングに取り組む必要がある」というメッセージですね。SDGs(サステイナブル・デベロップメント・ゴールズ)ともシンクロする概念です。

会社・事業・ブランドの存在目的とは何なのか?

カンヌライオンズは、2018年にSDGs部門を創設しました。といっても、この時点からSDGs型の取り組みを始めたわけではなく、それはグローバル企業のマーケティング活動における2010年代全体を特徴づけるトレンドでもありました。世界を取り巻くさまざまな社会課題に対し、企業や非政府組織などはアドバタイジングにおいてもSDGs的な取り組みを盛んに行ってきていました。それはいまや一過性のトレンドを超えた、世界的思潮にまで高まりつつあります。

そうしたクリエイティビティが、グローバルなトレンドの潮流の中で、いよいよ本格的に問われるようになったのが2019年とも言え、カンヌライオンズでも最も強く語られていたのが、パーパス(Purpose)=企業・事業・ブランドの「社会的存在目的」への意識の変革です。それは、これまでのように商品を魅力的に見せることに重点を置きながらも、ただ「商品を買ってください」と叫ぶものではなく、今の世界に対して社会課題を積極的に解決していくためのアイデアを出し、アクションを起こしていくものです。

象徴的なのは、世界的な一般消費財メーカーであるユニリーバCEOのアラン・ヨーペ氏が2019年のカンヌライオンズで行った講演。そこでは「Social GoodやPurposeの意識を持たない広告はマーケティング産業を衰退に向かわせる」とまで語っていました。これはSDGs的でないマーケティングを強く批判する、大企業トップとしては異例の声明であり、同時に「Purposeによってビジネスは成長する」と訴える決意表明でもありました。実際、それを裏付けるデータも多数あるのです。

SDGsを達成するために必要なこと

カンヌライオンズの現在地を知るには、この数年の受賞作に触れてみるのが早いでしょう。そこで、ケーススタディとしてここ数年の代表的事例を紹介します。

まずはオーストラリアのマーケティング会社が企画した「パラオ・プレッジ」(2018年の第1回SDGs部門グランプリ)。このプロジェクトのテーマは環境破壊への取り組みです。パラオの海洋汚染など自然環境破壊の問題を解決するため、年間の訪問者数が人口の8倍以上とも言われる観光客に、パラオ政府が「意識の変革」を促す施策を開始しました。と言ってもシンプルなアイデアです。入国審査の際に「私は海を汚さず、環境保護に協力します」という宣誓のメッセージが入った大判のスタンプが押され、ビジターはそこにサインします。入国の前に誓約(プレッジ)してもらうわけです。

もちろん、これには広告的な企みもあります。ニュースのネタにしやすいキャッチーな試みですから、世界中のメディアが報道しました。それによりパラオの環境政策のPRにもなるし、世界中に地球環境を守ろうというメッセージも伝わっていくという仕組み作りがうまくできているキャンペーンとして評価されています。重要なこととして、仕組みやアイデアだけで評価されているわけではありません。スタンプ等ツールのデザインも良く出来ています。クリエイティブ(デザイン)が施策に命を吹き込んでいるのです。SDGs型の施策で見落としがちな点だと思います。

まずはアイデア。発想豊かなアイデアがあれば、さまざまな課題が解決できます。その上でデザインや映像といったクリエイティブをいかに充実させるか。この両者は、車輪の両軸で、どちらかが欠けてもクルマは前に進みません。つまり、社会とのコミュニケーションがうまくいかないということです。私自身はその両方をもって「クリエイティビティ」と捉えており、カンヌライオンズではその意味で優れたプロジェクト(受賞作)を多数見ることができます。まさに現代マーケティングの”生きた教科書”として参考になるのです。これは新規事業開発から経営にまで必要な視点だと思います。

もうひとつ大事な視点は、さまざまな社会問題の解決を後押ししてくれるのはテクノロジーであるということ。「アイデア」「クリエイティブ」「テクノロジー」、この3つの黄金比が達成されたときに生まれるのがイノベーションというものです。

そのことがわかるケーススタディをご覧ください。マイクロソフトのXbox用のアダプティブ・コントローラーは、手足に障がいのあるプレイヤーでも自在にカスタマイズでき、ゲームが楽しめる画期的なものです。「We All Win」というキャンペーンの映像には、ハンディキャップのある子どもたちが楽しんでいる様子が描き出されています。Xbox(マイクロソフト)は、このプロダクトのCMを、全米で最も視聴率と放映料が高いと言われるスーパーボウル(2019年)の中継で流しました。Purpose意識の高さと企業の本気度が伝わってきます。

近年では、テクノロジーの進化でハンディキャップを負っている人も活躍できる社会を実現するというテーマでアプローチしているプロジェクトも多くあります。

最後に、日本のプロジェクトを紹介します。2019年のデザイン部門でシルバー賞を受賞した「注文をまちがえる料理店」です。これはイベント型の活動で、ホールで働くスタッフ全員が認知症の方という期間限定レストランをオープンしました。時々、注文を間違えてしまうのですが、「ま、いっか」と受け止め、受け容れることで認知症の方は生きがいや働きがいを得られるのでは? というメッセージを伝えていこうとするものです。さまざまな企業やお店、行政とパートナーシップを組んで各地で実施しているようです。

SDGsと言われると、とても難しいことのように感じてしまいますが、今日ご紹介した事例を見ても、社会的課題へのちょっとした気づきとアイデアから始まっていることに注目いただきたいと思います。それを力強く発信するために役立つのが、クリエイティブでありテクノロジーですが、結局は実行する勇気が大切なのかもしれません。これからSDGsをさらに日本で推進し、世界に広げていくためには、勇気が必要だということ。カンヌライオンズの受賞作を見ていると、そんなメッセージまで伝わってきます。