ここ何年もカンヌライオンズの受賞作数は、銅賞以上で約1000点(今年は982点)。銅賞以上は3%程度と著しく狭き門であるが、受賞作から世界の広告コミュニケーションの傾向を読み解きたいという立場からすると、1000点という数はいかにも多すぎる。
今年度のライオン(部門)の数は28だから、グランプリだけに限ったとしても28もあることになる。2年分をまとめて審査した今回は、「2020年と2021年に、それぞれグランプリを出しても良い」ということになっていて、複数のグランプリを輩出した部門も少なくなかった。
しかし、そうした中でも何らかの指針を持って、受賞作を見て理解したいというニーズもあるだろう。そうしてこそ、広告やマーケティングやコミュニケーションに関わる広範な人にとって、カンヌライオンズは大きなヒントとなり得るはずだと思う。そもそもカンヌライオンズはもはや、広告会社のクリエイターのためだけの賞ではない。事業会社のマーケターの重要性は運営側も強く認識していて、1992年からは「The Creative Marketer of the Year award」が設けられ、今年はマイクロソフトが選出されている。
そういう意味で筆者がずっと行っているのは、グランプリ受賞作を中心に複数のカテゴリーで高位の賞を受賞した「話題作」を中心に、そこに見られる何らかの特徴や傾向を読み取るという方法だ。この方法だと、当該の話題作だけではなく、読み取った視点から他の受賞作についても分析を試みる、ということも可能になる。
今回も同様の方法で、カンヌライオンズ2020-2021の受賞作について、紹介していく。今回目立った3つの特徴は、①「コロナ禍応援」②「トゥルース・テリング」③「軽妙志向&アート志向」だ。
コロナ禍応援は“時代の証人”の意味合いも
まず、①のコロナ禍応援は、徹底的に“時代に寄り添う”ということでもある。この時期は世界中が歴史上稀にみるパンデミックに襲われた。広告コミュニケーションは、その時々の人々の生活や気持ちに訴えかけるのが基本だ。当然のように、コロナ禍を応援しようとする話題作も複数見られた。コロナ禍の状況に最も早くポジティブに反応したのは、映画でもテレビドラマでも小説でもなく、他のどんな分野よりも“広告コミュニケーション”だった(そのことを筆者は誇りに思う)。また、今後の世界の動きは分からないが、これだけのパンデミックに見舞われた時期の事例として、この時期でしか表彰できないもので、“時代の証人”としての意味合いもあるだろう。代表的な話題作を2つ紹介する。
最初は、DOVEの“Courage is Beautiful(勇気は美しい)”。
コロナ禍の初期に医療従事者の方々が感染予防用ゴーグルや医療向けマスクを長時間装着することで、その痕が顔に残ってしまうことがニュースでも話題になった。それをいち早く取り上げて(ウェブ動画がアップされたのは20年4月6日)、「彼ら彼女らの勇気はなんて美しいのだ!」という賞賛と感慨を、見ようによっては醜い痕がついている顔のアップとの対比で描いた。
DOVEはスキンケアや石鹸のブランドで、長年REAL BEAUTY(人それぞれが持っている美しさを応援する)というコンセプトで広告コミュニケーションを展開していて、今回の応募作はこの流れにも見事にフィットする。同じ医療従事者を描くのでも大人数の写真ではなく、個人に焦点を当てた個人名を入れたアプローチも力があった。
この応募作は、Print & Publishing部門(以前のPress部門)とIndustry Craft部門のグランプリを獲得。Craftというのは“仕上がりの素晴らしさ”を競う部門で、Industry Craft部門は“FilmとDigital以外”のマーケティング・コミュニケーションを対象にしたCraftを審査する部門と考えられる(Film CraftとDigital Craftは別の独立した部門として存在している)。この部門で、アイディアもさることながら、真実を写し取った迫力ある写真とシンプルなコピーの配列による“仕上がりの素晴らしさ”が評価された。
もう1つは、筆者のお気に入りでもある“Shutter Ads(シャッター・アド)”(ハイネケン)
発想はいたってシンプルだ。コロナ禍でロックダウンされ閉店を余儀なくされたバーやレストランを応援しようと、ハイネケンが通常のアウトドアのメディア費を削減し、その資金で多くのお店のシャッターにアドを載せ、お店にその掲載料を支払った。広告にはハイネケンからのメッセージとして、例えば「今日この広告を見て、明日このバーで楽しもう」といったコピーが書かれている。筆者は、これぞ“広告的機転”と感じた。
タブーを打ち破るトゥルース・テリング
さて、②のトゥルース・テリングはTruth Telling、つまり真実の吐露のことだ。今まで何となく語られてこなかった“タブー”を打ち破り、本当のことを語り、本当のことを伝えようとする姿勢である。コロナ禍を経て、嘘や飾り立てることやタブーに対して懐疑的になった人が多かったこの時期、Truthは人々の関心を強く獲得した。しかも、ジャーナリズムや社会運動体ではない広告コミュニケーションの立場からして、ある種の軽みを持ったトゥルース・テリングが目立った。ここでも2つの事例を紹介しよう。
1つ目は、バーガーキングの“The Moldy Whopper(カビの生えたワッパー)”だ。
モルディバーガー(屋外)
ワッパーはバーガーキングの最もスタンダードなハンバーガーのこと。バーガーキングは全米2位の地位にあり、トップであるマクドナルドへの様々な挑戦で有名である。この施策でも、声高には伝えていないが“VSマクドナルド”が強く意識されていると思う。
メッセージはTHE BEAUTY OF NO ARTIFICIAL PRESERVATIVES(合成保存料無添加の美しさ)とあるように、防腐剤を使っていない自然な味わい。しかし当然日数が経てばカビが生えるわけで、その真実の経過を“美しく”撮影したのがミソだ。28日目、32日目、36日目などと日数を付けながら、カビの生えた、普通であれば見たくないハンバーガーを美しく描き、メッセージを衝撃的に伝えたことが評価された。この表現を巨大な屋外看板で見るのは、かなり訴求力があると思う。
もう1つ、この特徴を持っていると考えられるのが、英国の生理用品Bodyform(国によってはLibresseと呼ばれる)による“#wombstories(子宮の物語)”だ。
WOMBSTORIES board
wombはウームと読み、子宮のこと。欧米でも子宮に関する話題をあからさまに語ることはタブーの部分があるようで、一般の人からそれぞれの“子宮の物語”をネット上で募集し、それを元に子宮に関する事柄を赤裸々に表現した3分強のウェブ動画を制作した。この動画ではかなりヘビーなシーンも描かれているが、間に様々なトーンのアニメーションを挟み、軽快な音楽も相まって重くなり過ぎない配慮もされていると感じた。
このウェブ動画は1億回以上視聴され、多くのSNSでトレンド1位を記録、売り上げシェアでも、英国で8.1%アップ、デンマークで9.9%アップを記録したそうだ。また、フィルム部門、チタニウム部門、フィルムクラフト部門、ヘルス&ウエルネス部門の4部門でグランプリを受賞し、今回のカンヌライオンズを代表する1本になった。
広告が元来持つ軽妙&アート志向にもスポット
そして、最後に軽妙志向&アート志向をみる。
与えられた課題を、クリエイティビティの力で解決していこうとするのが、広告コミュニケーションの基本だ。それが無ければ、広告ビジネスで働く多くの人は用無しとなる。コピーライターだとかプランナーだとかクリエイティブ・ディレクターだとかいう人々の職業が成り立って生きていけるのは、まさにこの“クリエイティビティの発揮”によるわけだ。
そして、広告業界が長年育んで来たある意味で伝統の技が、ビジネス上の課題を軽妙に解決することと、ビジネスの場にアートの力を持ち込むこと。長い間カンヌライオンズを見ていても、この2つの志向は、どんな時代であれ、常に評価され続けているし、今回も評価されていたと思う。
それぞれの代表例を一つずつ、紹介する。
まずは、軽妙志向から。またまたバーガーキングによる“Stevenage Challenge(スティーブネージ・チャレンジ)”。
メッシやクリスティアーノ・ロナウド、ネイマールといったスーパースターに、一銭たりとも支払うことなく、軽妙な仕掛けによって、ゲーム上でバーガーキングのロゴ入りユニフォームを着させた、という事例だ。
バーガーキングが目を付けたのは、FIFA20という世界中でプレーされているサッカーゲーム。このゲーム内でゲームプレーヤーは、自分が応援するチームを、自分の好きなサッカー選手で構成できるらしい。チームは実在するチームで、かなりの弱小チームも含んでいる。であれば、超弱小チームをリアルでスポンサードしたら、どうなるか。バーガーキングはまず英国4部リーグの最下位Stevenage(スティーブネイジ)チームをリアルでスポンサードする。
その後、バーガーキングは#StevenageChallengeを導入し、世界中のゲーマーに対し、FIFA20でStevenageチームでプレーし、ベストな選手を投入してゴールし、そのゴールシーンをSNSに挙げようと呼びかける。ゴールシーンをSNSに投稿するたびにハンバーガーの無料券がもらえる、とういオマケ付きで。
この施策は莫大な人気を博し、アーンドメディア(記事やSNSでの拡散)は250万ドル(約2億5千万円)以上相当に上り、スーパースターがバーガーキングのロゴ入りユニフォームを着てFIFA20上でゴールするシーンは、2万5千回以上も視聴されたそうだ。
もともとバーガーキングは19年のWhopper Detour(廻り道ワッパー、マクドナルド店舗を経由して自社店舗へ誘導したもの)や16年のMcWhopper(国際平和デーにハンバーガー戦争も休戦してビッグマックとワッパーを一緒にした“マックワッパー”を販売しようとマクドナルドに呼びかけたもの)など、“お茶目なチャレンジャー”としてのイメージが出できあがっていた。そうした評判があってこそ、今回の施策も人気を集めたと言える。この応募作は、ソーシャル&インフルエンサー部門、ブランドエクスピリエンス&アクティベーション部門、ダイレクト部門の3部門でグランプリを受賞した。
アート志向では、フィルム部門グランプリを受賞したラコステの“CROCODILE INSIDE(クロコダイル・インサイド)”を紹介する。この応募作は、フィルム部門のグランプリを受賞し、その出来栄えは多くの人に高く評価されている。
ラコステはファッション・ブランドなので、製品性からしてアートに近く、その広告コミュニケーションがアート志向を色濃く持つのは、当然と言えば当然かもしれない。しかし筆者は、より広範なタイプのブランドが、単にプロダクトの優位性を伝えるのではなく、そのブランドがまとう雰囲気や思想や方向性までも広告コミュニケーションで指し示す時代だと考えている。18年の受賞作、デジタル機器であるアップルHome Podの“Welcome Home(スパイク・ジョーンズ演出)”などはその典型例だろう。
いわばブランド(商品)がアーティストとしてのふるまいを、多かれ少なかれ求められている部分が少なからず出てきている。それは生活者が、日常品を買う時にでさえ、ブランドの持つ雰囲気を大切にしていると思われるからだ。
“CROCODILE INSIDE(クロコダイル・インサイド)”に話を戻すと、 90秒ほどのこの動画はカップルが激しく言い争っているシーンから始まる。音楽は1950年代の大ヒット、エディット・ピアフの『愛の賛歌』。24秒頃、2人の心の乖離を現実化するように、部屋にヒビが入りビルが割れていく。32秒頃、2人はそれぞれ階下へ。その間も、建物は崩れ落ち続ける。42秒頃、少し下の階まできて、さらに離れて遠くから見つめ合う2人。男性の側の床が崩れて階下に落ちていく。60秒頃、その姿を見て、男性のいる側にジャンプする女性。あやうく落ちかける女性の手を取る男性。70秒頃、2人がいる床に激しい傾斜がついて別々に滑り落ちて行く。75秒頃、地上に降り立ち、男性が少し先、後から女性が走って行き、そこに建物が崩れ落ちて来る。すると、2人はしっかりと抱き合いそこに崩落する建物が襲い掛かる。
建物が崩れ去っても2人は無事で、瓦礫の中に抱き合って立ちすくむ。そのシーンに『愛の賛歌』のクライマックスが・・・。その歌詞は、“愛する人よ、あなたが私を愛してくれるなら”といった意味合いのようだ。
そこで、抱き合ったまま見つめ合う2人のところに、「LIFE IS A BEAUTIFUL SPORT」の文字とLACOSTEとワニのマークが掲示され、最後に#CROCODILE INSIDEと表示される。
今回改めて感じたのは、平易な言葉を使ったコピーの重要性でもある。LIFE IS A BEAUTIFUL SPORTという言葉があるからこそ、このアート作品とでも言うべき動画は、スポーツに出自を持つファッション・ブランドのラコステ、その広告コミュニケーションになり得るわけだ。
DOVEのCOURAGE IS BEAUTIFUL も、バーガーキングのTHE BEAUTY OF NO ARTIFICIAL PRESERVATIVESも、平易な英単語を使った素晴らしいコピーがあってこそ、広告コミュニケーションとして成り立っていると言える。
佐藤達郎(さとう・たつろう)
多摩美術大学教授(広告論 / マーケティング論 / メディア論)、コミュニケーション・ラボ代表。日本広告学会常任理事、日本広報学会理事、WOMJ(クチコミ・マーケティング協議会)理事。2004年カンヌ国際広告祭日本代表審査員。浦和高校→一橋大学→ADK→(青学MBA)→博報堂DY→2011年4月より現職。
著書は『「これからの広告」の教科書』、『自分を広告する技術』、『教えて!カンヌ国際広告祭』等。