ブランドと企業の役割は2020年と21年、飛躍的に高まった。社会に良い影響を与える力として、ビジネスをけん引する力として、そして平等とインクルージョンを実現する力として、存在感を発揮したということである。
このような盛り上がりをみせた後は、情熱が薄れ、進捗が滞ることがよくある。しかし、平等とインクルージョンの実現は一過性の現象としてはならない。今回は違うと言い切れるかどうか、クリエイティブ業界はその答えを求められている。
どうすればこの改善ペースを維持し、平等とインクルージョンを持続可能なものとしていけるか。P&Gはクリエイティブのあらゆる側面に平等を組み入れることを誓った。当社がたどってきた道を紹介したい。
パートⅠ
平等とインクルージョン実現のための 3つのステップ
コミットメントと行動こそ、物事を先に進める力となる。P&Gは①社内から始める②ユーザーの声を力に③システムを変える——という3つのステップを取った。皆が同じようなステップを踏んでいけば、クリイティブ業界は平等で、より良い世界の創造に向けて多大な貢献ができるはずである。
Step1 社内から始める 社長の明確な指示がきっかけ
ステップ1は平等とインクルージョンを進めるために、まず企業内部から行動を起こすことである。P&Gの歩みは今から30年以上前、社長のジョン・ペッパーが、当時のCEOであるジョン・スメイルにダイバーシティへの全社的な取り組みを行うよう指示したことから始まる。
当時の組織はシス・ジェンダー(自分自身が認識している「心の性」と、生まれ持った「体の性」が一致している人)の白人男性が中心だった。2人のリーダーはダイバーシティが社会のみならず、ビジネスにとっても良いことだとアピールした。
それ以来、すべてのCEOがこの考えを踏まえて、それに基づいたシステムを構築した。ダイバーシティ、平等、インクルージョンがリーダーシップに必要とされる基本的な要素であると認識したのである。
今となってはこれらの発言や方針は当たり前にみえるかもしれない。しかし、当時は大変なことだった。リーダーシップを発揮するための明確な信念がトップから示されたため、非常に重要な意味を持っていた。ビジネスのやり方を平等にするための重要な第一歩だった。
P&Gは長年にわたり、多様で、包括的な人材を平等に採用してきた。それも目立つような活動は控え、極めて静かに進めていった。代理店やプロダクションクルー、サプライヤー、メディア企業にもその方針を取り入れてもらった。望むレベルに到達したとまではいえないが、着実な前進を遂げている。コミットメントを実践し、それを維持するための努力を続けている。
Step2 ユーザーの声を力に ブランドの成長に火をつける
25年間にわたり社内のダイバーシティを向上させてきた後、今度は社外にステップを踏み出した。すなわち、ユーザーの声を平等な社会実現の力にしようと考えたのである。
14年には、「Always」というブランドの「#LikeAGirl」=写真=というキャンペーンを通じ、若い女性は思春期になると女らしく振る舞うことにプレッシャーを感じ、同世代の男の子と比べて自信を失いがちになる事実を発見した。そのため、Alwaysは like a girl (女の子らしく)に新たな意味を持たせることにした。否定的なイメージから前向きな意味合いに変えたのである。これは世界中にインパクトを与えた。女性や少女、ジェンダー平等に関する文化的な話題となり、ブランドの成長に火をつけた。ユーザーの声を肯定的な力として取り入れることで、企業の成長力につなげられると示した。
この成功は他のブランドのクリエイティブにも次々と突破口をもたらした。「Olay」の「Face Anything」はジェンダーの固定観念や神話を破壊した。「SK-II」の「Change Destiny」は世の中に求められる女性像を打破することに挑戦し、女性を束縛から解いた。「アリエール」の「Share the Load」は男性や少年に、洗濯など家事の平等な分担を問いかけた。
「Dawn & Swiffer」は男性や少年が家事に抱く偏見をなくすきっかけをつくった。「パンパース」は両親が平等に子育てに参加する姿を表現した。「ジレット」は「最高の男になるには」という新しい試みを選んだ。パンデミックが発生したとき、P&Gは「Choose Equal」を掲げて、男女が平等に行動する必要性を呼びかけた。
このようなクリエイティブのブレイクスルーは、単に広告として優れているだけでなく、価値ある投資や貢献を伴っていた。良いことを成し遂げるためにユーザーの声を利用することは、ブランドの信頼と企業の評価を高める方法になり得るのである。
P&GはLGBTQプラスのコミュニティのために、『The Words Matter』『Out of The Shadows』『They Will See You』『Coded』といったドキュメンタリー映画が社会に広く認知され、受け入れられるように取り組んだ。「Can’t Cancel Pride」という募金活動を毎年実施し、LGBTQプラスコミュニティを支援した。
活動は人種差別の撤廃に及んだ。『The Talk』『The Look』『Talk about Bias』『Voices of Movement』『Two Evils』などの映画では、人種差別や偏見に光を当てた。理解と共感と行動が得られる機会を広げ、白人コミュニティがステップアップして、反人種差別主義者になれるきっかけをつくった。
定期的に声を上げていくだけでは十分ではない。P&Gは5年前から日常の広告にも平等を意図的に組み込み始めたのである。人物の正確な描写を心掛けた。広告に描かれた人物の記憶は脳に埋め込まれ、場合によっては偏見を助長し、平等を制限するきっかけになる恐れがあったからである。
広告は人々がお互いをどう見ているか、その認識に影響を与える。だからこそP&Gは世界最大級の広告主として、性別や人種、民族、性的指向、性自認、能力、宗教、体形、年齢にかかわらず、すべての人を正確に描写する責任があると考えている。すべての人にとって、広告のイメージにとって、それは極めて重要なことである。
Step3 システムを変える 人種や性別の偏りを是正する
すべての広告で、すべての人を正確に描写するため、P&Gはステップ3に踏み出した。広告界を構成するクリエイティブとメディア業界で、平等を実現するためにシステムを変えようとしたのである。
カンヌライオンズを含め、広告に関連する分野はすべてシステムに組み込まれている。平等で、包括的なクリエイティブとメディアの供給体制を構築し、それを維持するために、必要に応じて介入する責任がある。供給体制にはマーケター、広告会社、プロダクションクルー、メディア企業などが含まれる。クリエイティビティに関わるすべての人々が対象となる。
このコミットメントは、広告界を構成するすべての業態に対し、各国の人口や性別、人種、民族に応じた割合を求めることを意味する。平等とインクルージョンはより大きな創造性と革新性につながる。豊かになれる機会へのアクセスを構築し、所得と富を創出する公平性を達成し、購買力を高め、最終的に高い成長を遂げる。
P&Gのマーケティング組織とエージェンシーは、ほぼすべてのレベルで女性の割合が50%に達し、広告の42%を女性が担っているといえる。しかし、P&Gが掲げる世界目標を8%下回る。これを実現するためには、大変な努力が求められる。クリエイティブの仕事の質も大きく変えている。
人種や民族構成の偏りを是正するにはさらなる努力が必要である。マーケティングチームやエージェンシーは目覚ましく改善しているが、映像を制作するディレクターやプロダクションクルーは最も遅れている。ストーリーを語る側が、サービスを受ける側の人々と同じような人種構成でなければ、正確で、共感できるストーリーは描けないだろう。体系的な取り組みが求められる。
必ずしもデータが十分というわけではないが、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)の調査によると、ディレクターやプロダクションクルーのうち、有色人種が占める割合は6%未満でしかない。今のシステムはもともとマジョリティのためにつくられているのである。これを破壊し、解体して、新しいシステムを構築することが必要だ。
P&Gが「Widen The Screen(スクリーンを広げよう)」というプログラムを立ち上げたのは、そうした理由からである。コンテンツ制作やタレント発掘、パートナーシップ構築のためのプラットフォームを通じて、広告や映画、メディア業界で黒人クリエイターがいかに高い表現力や包容力を持っているかを世の中に知らしめたいと考えている。
Widen The Screenは、これまで働くことが難しいとされていた人たちが参加できるように、仕事へのアクセスと機会を広げることを目的とする。当面は黒人クリエイターに焦点を当てるが、将来的にはヒスパニック系やアジア系、太平洋諸島系、先住民系にも広げる。さらにLGBTQプラスコミュニティ、身障者コミュニティも参加できるようにしていく。これまで雇用される実績があまりなかった人たちをすべて対象とする。
Widen The Screenという行動への呼びかけは、黒人のイメージとして一般に思われがちなステレオタイプ像ではなく、黒人の生活上の喜びや美しさを余すところなく描き、視野を広げることを狙った。
このフィルムは2021年の全米黒人地位向上協会(NAACP)のイメージアワードで初公開された。NAACPはこれまで映画やテレビで形成されてきた黒人のステレオタイプ像を打ち破り、エンターテインメント業界への黒人参加の機会を広げるために長年努力してきた。
視聴者はスクリーンに登場する黒人の生活に対し、ありがちなイメージを描くことが多い。黒人俳優が演じる映像のストーリーやキャラクターについても同じようなことがいえる。この映画はそうした見方を覆そうとしたのである。カートライト社、グレイ社、P&Gの協力の下で、主に黒人のクリエイターチームが制作、開発、演出、プロデュースを担当した。
スクリーンを広げて、人々の視野を広げるために、そして黒人クリエイターの活躍の場を広げるため、あえてそういうアプローチをとった。この映画をはじめ、黒人が制作した作品を、黒人が経営するメディアで放映したことで、P&Gは大きな経済効果を得た。