パートⅡ
黒人クリエイターらとディスカッション
ここからはマーク・プリチャード氏が、クリエイティブ業界などで活躍する黒人のリーダーたちと議論する。
クリエイター キース・カートライト氏 フロイド氏の最後の『8分46秒』 映画でその時間を取り戻そうとした
まず、キース・カートライト氏に聞く。カートライト・クリエイティブ・エージェンシーのCCO兼創設者で、クリエイティブを通じて黒人社会に対する誤った印象を改めようとする組織「SATURDAY MORNING」の創設リーダーでもある。『The Look』『The Choice』『Widen The Screen』『8:46』などの映画製作を手掛けた。
——『Widen The Screen』や『8:46』を制作した背景は。
日常的に闘争にさらされる黒人を描いた映画は、現代のハリウッドでも数多く制作されている。しかし、そうした映画では、黒人の人生が実は非常に複雑で、多様であることは理解できない。Widen The Screenは、たくさんの黒人クリエイターを撮影に起用し、大小さまざまなスクリーンをあちこちに配置した。黒人の生活や体験をリアルに描くために構築したプラットフォームともいえる。
——映画『8:46』を思いついたきっかけは。
ジョージ・フロイド氏が命を奪われるのにかかった時間が8分46秒といわれる。それと同じ8分46秒の長さの短編映画のシリーズをつくることで、その時間を取り戻したいと考えた。黒人が体験している喜びや高揚感、創造性を映画のテーマとした。
世界中の人々がこの映画を繰り返し見て、そこにトラウマを感じとった。トラウマ以上のストーリーである作品を我々がつくれるきっかけになったと考えている。
私が映画『8:46』を誇りに思うのは、人間とはどんな存在かを表現しているからだ。人生に関する膨大で、多様なストーリーをこれまでにない方法で伝えた。フロイド氏の命を奪うのにかかった8分46秒に焦点を当てたとき、その時間こそ取り戻さなければならないものだと確信した。それを人々にどうやって伝えるか。映画はそのための手段であり、仕組みになった。語られていないストーリーを伝えたかった。
「Oscars So White」運動提唱 エイプリル・レイン氏 最適なストーリーテラーは誰か 有色人種をもっとキャスティングできる
エイプリル・レイン氏はメディア戦略家。ダイバーシティ&インクルージョンの提唱者であり、素晴らしいクリエイターでもある。「#OscarsSoWhite」のムーブメントを起こしたことで知られる。
——「Oscars So White」運動を始めたきっかけは。
2015年1月ころはまだ弁護士として活動しており、映画が好きということ以外にエンターテインメント業界との接点はなかった。ある朝、私は家族と一緒に、テレビでアカデミー賞の授賞式を見ていた。主演男優賞、主演女優賞、助演男優賞、助演女優賞など20の部門で、どこにも有色人種は候補に挙がっていなかった。そこで携帯電話を手に取り、『アカデミー賞は白人ばかり。自分の髪を触ってごらん? と言われた気分だ』とツイッターでつぶやいた。昼になって、そのツイートを基にしたハッシュタグが世界中でトレンドになっていることに気づいた。
それから6年が経ち、状況は少しずつ改善している。映画芸術科学アカデミーは2020年までに有色人種と女性の数を倍増させると約束した。映画プロデューサーや監督、俳優、女優は今、制作会社と共同でコンテンツを作り、これが自分たちのアートだと言っている。そうした作品は長編・短編を問わず、人種の人口動態をより反映している場合が増えている。
——平等を進めるためにエンターテインメント業界と広告業界が協力できることは何か。
例えば、プロダクトプレイスメントが挙げられる。テレビや映画に登場する製品をどう選んでいるのか。セットの装飾は誰が担当しているのか。プロジェクトマネージャーやプロダクションデザイナーは誰か。消費者はたくさんの選択肢があることを知っている。
その企業・ブランドが意図的かつ先進的に文化的な貢献を目指しているのか、それともただ何となく取り組んでいるだけなのか、消費者がどちらの企業を選択したいと望んでいるのかは誰もが分かるはずである。美容業界やエンターテインメント業界では、ブラックコミュニティが支払うお金は10億ドル以上のオーバーインデックスとなっている。
——広告業界やクリエイティブ業界に何を望むか。
広告業界やクリエイティブ業界がキャンペーンを実施する際は、はっきりとした意思を持って制作者を選ぶべきである。誰がストーリーを伝えるのにふさわしいのか、どんな層に伝えようとしているのか。最初からそのことをよく話し合っていれば、広告会社としては収益性が高くなる。長年にわたってより大きなブランドロイヤルティを手にできるだろう。
映画監督 ケビン・ウィルソン・ジュニア氏 映画で黒人のストーリーを語るなら、 人が制作過程もコントロールすべき
ケビン・ウィルソン・ジュニア氏は作家であり、映画監督である。『Widen The Screen』の監督も務めた。
——米国映画界では、脚本家や監督、プロデューサーの中で黒人の占める割合は6%にすぎないという。黒人キャラクターの描き方にどんな影響を与えているか。
映画学校に通っていたころ、クラスメイトや教授とよく話し合ったテーマがある。それは、スクリーン上で語られるストーリーは、そこに描かれるコミュニティのメンバーが決定権を持つようにすべきということだ。もし黒人のストーリーを語るなら、黒人がストーリーをコントロールしたほうがいい。
映画監督が良かれと思ってやったことでも、馴染みのないストーリーに挑戦したり、自分がよく知らないキャラクターを描こうとしたりすると、味気のないステレオタイプの人間像になってしまうことがある。ハリウッド映画が黒人のイメージを描こうとするときは、そうなることがよくある。
視聴者は映画やテレビで見た記憶に基づいて、コミュニティについての意見を述べがちである。映画学校の留学生の中には、米国に来て初めて黒人と接した人が少なくないが、母国で見た映画やテレビ、広告などから、黒人がどんな存在で、どういうふうに行動するか、一定のイメージは抱いている。
黒人というと、以前は犯罪者や凶悪犯、ポン引き、売春婦などとして描く映画が多かった。こうしたステレオタイプのイメージ像にとらわれないようにするためにも、黒人の作家や監督、プロデューサーは黒人としての雰囲気、喜び、充実感を表現できる情報源を示し、自分のストーリーとして語れるようにならなければならない。
——『Widen The Screen』の監督を務めることで何を得たか。
Widen The Screenは監督業のキャリアとしては初めて、映画をつくるプロセスを純粋に楽しんだ。映画を完成させる過程で、撮影現場で感じたことや、脚本室で膨らませていたイメージをスクリーン上に表現することができた。
さまざまなコミュニティの人たちが参加したが、その先頭にいるプロデューサーは私と同じコミュニティだった。それは映画で描こうとしているコミュニティの一部でもあり、私としては自分の考えをくどくどと周りに説明せずに済んだ。映画監督として下した自分の決断がなぜ重要なのか、制作に携わっていた誰もが理解してくれていた。
撮影現場で働くスタッフの90%以上は黒人だった。これは2つの点で重要な意味を持つ。1つは、あるキャラクターにどんな衣装やプロダクションデザインを当てはめるか、いちいち説明したり正当化したりしなくてもよかった。もう1つは、才能があり、経験豊富な黒人のクリエイターやプロダクションクルーがたくさん存在することを世に知らしめることができた。この映画をきっかけに、他の仕事への道も開けたのではないかと思う。