エマーソン大学卒業後、2012年電通入社。ジェンダー領域を専門とするクリエイティブユニットPROJECT GENDERを創設。最近の仕事にゼスプリインターナショナルジャパン「好きなことを楽しみながら」(ACCグランプリ)など。19年カンヌライオンズ電通セミナーモデレーター。
「ブランドの77%は消費者にとって、どうでもいいブランドである」(Havas Media Group, 2019)──こんな警鐘のようなデータがある。成熟化が進む市場で生き残るブランドに必要なものは何か。「60%の消費者は、社会課題に対するブランドの信念や価値観を、購買時に重視する」(Edelman Earned Brand, 2018)というデータも物語るように、消費者は機能価値や情緒価値だけでなく、社会的価値も求めることが大きな潮流となってきている(コトラーほか、2010)。
「パーパス・ブランディング」という言葉が普及する少し前の15年、カンヌライオンズ国際クリエイティビティ・フェスティバルで、性差別や偏見を打ち破る広告表現を顕彰するGlass: The Lion for Change、通称グラス部門が創設された。初代審査委員長シンディ・ギャロップ氏の冒頭スピーチでは、こう述べられた。「クリエイティブの力は、生活者の行動に影響を与えるだけではなく、社会や文化さえも変える力を持つ。広告に携わるすべての人は、常にその力に責任を持たなければならない」。広告の社会への影響力は予想以上に大きい。フランスでは、広告に登場するモデルの体型を変化させるレタッチは、必ず明記しなければならないという法律が施行され、イギリスでは性別のステレオタイプを助長する有害な広告への規制も始まった。「広告は社会/時代を映す鏡」と言われているが、その鏡に映されるのは、これからの当たり前か、これまでどおりの世界か。それは、私たちクリエイティブと広告主の選択に委ねられている。
ジェンダーにどう取り組むべきか
では、ここからは少し実践的な話をしたい。企業がジェンダー課題に取り組むとき、どういうことができるのか。それは、①MANAGE、②SAY、③DOの3つに分けられる。
①MANAGEは、「管理職や役員レベルのジェンダーバランスを改善していく」「広告でのステレオタイプを助長する描写を軽減する」など、消費者の新しい価値観に合わせて、内部から土台をアップデートしていく取り組みだ。19年にリブランディング・コミュニケーションを展開した、米国最大規模のミスコンMiss Americaは、水着審査を廃止したことをフックにした#byebyebikiniというハッシュタグで話題になり、グラス部門ショートリスト入りを果たした。しかしこの事例の肝は、「美を競うコンテストではなく、新時代の女性リーダーを描く団体に進化する」という、ブランドの内部的な舵切りにある。時代を先導することで、業界もリードできるブランドとして生まれ変わることができたのだ。
②SAYは、社会課題に対するブランドの思想を積極的に表明していくアクションである。NIKEの“Dream Crazy” や、P&Gのカミソリ・ジレットの“The best a man can get” などが挙げられる。
しかし、19年のグラス部門の大きな潮流は、「SAY LESS DO MORE(言葉より行動を)」だった。③DOとは、社会に具体的な変化を起こすためにソリューション開発やプロジェクトを立ち上げる取り組み方を指す。例えば、ボルボのTHE E.V.A. INITIATIVE。車メーカーの衝突テストのダミー人形は男性モデルがほとんどのため、女性が事故で怪我をする確率が高いという。そこで、自社の車だけでなく、すべての車をすべての人に安全にするべく、40年分以上蓄積してきたさまざまな事故の分析データを、誰もがアクセスできるように開示した。このように、啓蒙活動を行うだけではなく、具体的なアクションを起こすことも、パーパス・ブランディングに必要不可欠となってきている。
ジェンダー系キャンペーン成功のカギ
結果につながる成功事例と、善かれと思って実施したものの炎上する事例の違いはなんだろうか。その差は「5つのC」にある。
【CREDIBILITY】その課題を語る資格があるか?━「Real Beauty」を謳ってきたダヴでさえ、15年に親会社のユニリーバが美白商品を販売している点などを挙げられ、「結局は商品を売るためのジェンダー文脈だ」と指摘された。ユニリーバでは現在、美白マーケティングを廃止するなど、大幅な改革が進んだ。発信するメッセージと社内における矛盾を取り除いておかなければ、うわべだけのように見えてしまうのだ。
【CHALLENGE】正しい課題設定か?━炎上もしないがあまり話題にならなかったキャンペーンは、だいたい〝ただの女性応援〟という曖昧なテーマしかなく、何を変えようとしているかが全く見えない。消費者や業界での課題やインサイトを、プランニングの初めに深掘りすることが、キャンペーンの質を左右する。
【CLARITY】意図やメッセージは明確か?━〝ハイコンテクスト文化〟と言われる日本のコミュニケーションスタイルは、曖昧な表現が主流だ。しかし、曖昧ゆえに誤解が生じることもある。ある国内の生理用品による、生理の症状に関する個人差の認知と理解を高めようとしたキャンペーンでは、コピーにおいて「個性」と言い換えたため、生理を軽んじて見せていると批判が殺到してしまった。通常のキャンペーンと違い、ジェンダー文脈では受け手側も当事者として聞く人が大半だ。小さな誤解が大きな炎上になることもある上、狙っているPR効果やブランディングにも寄与しないだろう。
【COMMUNITY】インクルーシブな制作体制をとれているか?━偏りのない制作体制を整えることはもちろん、自分たちの常識を疑う意識を持つことも重要だ。私が携わったネットフリックスによるLGBTQの「カミングアウト・デー ブランドキャンペーン」は、クライアントを含め知見の高いチームで進められていた。しかし、トランスジェンダーが題材のコピーに対して、当事者にとって適切な表現かという疑問が生じた。そこで私たちは、即座に当事者9名にヒアリングしてコピーを修正し、共感性の高いクリエイティブを創出できた。多様な視点を取り入れるプロセスを踏むことが、揺るぎないキャンペーン構築につながる。
【CRAFTSMANSHIP】アイデアはあるか?/クラフトの質は高いか?━グラス部門で18年にゴールドを受賞した、英国のLibresseという生理用品ブランドの例を挙げたい。女性のデリケートゾーン専用のソープのローンチ・コミュニケーションで、〝女性器〟の多様性を賛美する動画を打ち出した。テーマは素晴らしいが、一歩間違えると女性たちからも拒絶される可能性がある。しかし、強いアイデアと細部までの丁寧な作り込みにより、世界的に賞賛を受ける作品となった。心を動かせる広告になっているかは、ここにかかっている。キャンペーンのクラフト力は、その後の結果がどのくらい〝跳ねる〟かを左右する極めて重要なポイントである。
広告は、最近「炎上回避」にとらわれすぎている気がする。しかし、ジェンダー文脈において本当に避けるべきなのは、炎上ではなく、無難ゆえに無意味なコミュニケーションをしてしまうこと。「いかに炎上しないか」ではなく、「いかに良いものを作れるか、いかに社会を動かせるか」という姿勢で取り組むことが、パーパス・ブランディングにおいて成功するたった1つの道ではないだろうか。
<参考文献>
- EdelmanEarnedBrand(2018)EdelmanEarnedBrandGlobalReport,2018-10
- HavasMediaGroup(2019)“Buildingmeaningfulisgoodforbusiness:77%ofconsumersbuybrandswhosharetheirvalues,”2019-02-2
- コトラー、フィリップ、ヘルマワン・カルタジャヤ、イワン・セティアワン/恩藏直人監訳/藤井清美訳(2010)『コトラーのマーケティング3.0―ソーシャル・メディア時代の新法則』朝日新聞出版。