2021.7.30 share
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オンライン開催となった「カンヌライオンズ2020/2021」では、2年ぶりにアワードが発表された。ここでは全30部門に及ぶカテゴリーから、フィルム(CM)やデザイン、PR、モバイル、エンタテインメントなど11部門のグランプリ受賞作を解説しながら、世界のマーケティング潮流の先端に迫ってみたい。

各施策を読み解く際のキーワードは、2010年代からのトレンドを反映する「パーパス(Purpose)」あるいは「ソーシャル・グッド(Social Good)」ということになるだろう。

人種問題やジェンダー・イコーリティー、格差問題、地球温暖化といったグローバルな課題に対する、企業の取り組みが高い評価を受けるのが、現在のカンヌライオンズである。今年は「パンデミック」をテーマとした受賞作もいくつか見受けられた。

いまやカンヌは、「ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)」を体現する国際フェスティバルとなっているが、ここで紹介する受賞作には、クリエイティブが生み出す深いエモーションが存在するところに注目したい。人間や社会に対する洞察が希薄なマーケティング施策は、それが正論であったとしても響かない。

例年のことだが、カンヌの受賞作を見ると、世界のいまが生々しく伝わってくる。その意味で受賞作は優れた”報道”でもある。そして、いつの時代もビジネスを成長に導くための原動力は、「社会の共感」だということにも改めて気づかされる。

ここでは以下の部門のグランプリを中心に解説する。年号が記されていないものは2020/2021で一本が選出されている。
• Film Lions
• Print & Publishing Lions
• Design Lions
• Sustainable Development Goals Lions
• Mobile Lions
• PR Lions
• Entertainment Lions
• Entertainment Lions for Music
• Entertainment Lions for Sport
• Glass The Lions for Change
• Pharma Lions

《Film Lions》

グランプリ① YOU CAN’T STOP US (NIKE ・USA・2021)

企画/制作 WIEDEN+KENNEDY,Portland/PULSE FILMS,Los Angels

陸上と水泳、野球とテニス、バレーとバスケetcーー画面を左右に分割し、世界トップクラスのアスリートたちの競技シーンをモンタージュ合成し、まるで両者が”一体”であるかのように表現した。
パンデミックによる練習場の閉鎖、試合の中止ーーどんな困難に直面しようと「私たちがひとつになれば、だれも私たちを止められない」。合成映像を用いて、そのメッセージをエモーショナルに伝えている。クリエイティブ・チームは4000を超える素材の中から、ベストな組み合わせを選び抜いたという。
レブロン・ジェームズ、大坂なおみ、クリスティアーノ・ロナウドら53人のアスリートが出演。ナレーターを務めるのは、米女子サーカー代表チームの主将・ミーガン・ラピノー。LGBTQ+や女性アスリートの権利向上の提言を積極的に行う”もの言うアスリート”としても知られている。

グランプリ② CROCODILE INSIDE(LACOSTE・FRANCE・2020)

企画/制作 BETC,Paris/ICONOCLAST,Paris

室内で言い争うカップル。そのあまりの激しさに、部屋の壁にはヒビが入り、やがてアパートは真っ二つに崩壊し始める。女を追う男、走り去る女。シャンソン「愛の讃歌」をBGMに、最新のSFX技術を駆使して描き出す白昼夢の世界。音と映像のギャップから生まれる表現効果にも注目したい。
「生活は美しいスポーツだ」を掲げるラコステのブランドメッセージを、映像ならではの感覚的表現で伝えている。演出を手がけたのは、現在、世界の広告会社から引く手あまたの人気クリエイティブ・チーム「メガフォース」。フィルム部門でゴールドを受賞したBurberryのブランドCMも同チームによるもの。併せてご覧いただきたい。

《Print & Publishing Lions》

グランプリ COURAGE IS BEAUTIFUL(DOVE・UNITED KINGDOM / CANADA・2020)

企画/制作 OGILVY,London/OGILVY,Toronto/OUTSIDER EDITORIAL,Toronto

2020年春、パンデミックと戦う世界各国の医療従事者たちのポートレイト写真をキービジュアルに、ダブは屋外広告などを活用したキャンペーンを展開した。広告は主に、モデルとなった医療従事者が働く病院の近くに掲出された。
防護服を着用したままの長時間勤務により、被写体の肌は荒れ、顔についたゴーグルの跡も痛々しい。だがダブは「その勇気が美しい」と称え、感謝の意を表している。
キャンペーンはメディアで話題となり、ダブはマーケティング費の一部を寄付に振り替えた。医療従事者をサポートし、手洗いを啓発する活動に500万ドルを投じたという。10年以上にわたり、「リアル・ビューティ」のメッセージを発信してきたブランドゆえに実現できたキャンペーンでもある。

《Design Lions》

グランプリ① H&M LOOOP(H&M・SWEDEN・2021)

企画/制作 AKQA,Stockholm/H&M Stockholm/KüHL & HAN Copenhagen/UNIVERSAL DESIGN STUDIO,London

ファッション産業には、地球環境に対する大きな責任が伴う。しかし、現在、製造された衣服のうち87%がカスタマーの手に渡らないまま廃棄されているというデータもある。

「ファッションの民主化」をビジョンに掲げてきたH&Mは、この課題への取り組みとして、衣服のリサイクル・システム”H&M LOOOP”を立ち上げた。

“H&M LOOOP”を導入したストア(ストックホルムの旗艦店)では、「クリーニング」から「縫製」まで、服のリサイクルに必要な8工程を、水も化学薬品も使用することなく店舗内で完結させ、新しい商品として提供することができる。ストア内のインスタレーションやビジョンなど空間デザインも、リサイクルに対する同社の姿勢を表現するものになっている。

グランプリ② NOTPLA(NOTPLA Ltd・UNITED KINGDOM・2020)

企画/制作 SUPERUNION,London/NOTPLA LIMITED,London

毎年800万トンものプラスチック廃棄物が、世界の海に流入していると言われる。イギリスのスタートアップ・NOTPLA社が開発した「ノット・プラ」は、海藻とその他の植物由来の成分からつくられた透明な皮膜状の製品で、水に溶けて分解され、口にしても人体への影響はない。
同社では「消えるパッケージ」を謳い文句にノット・プラをブランド化し、マラソン大会での給水用、ファーストフードのテイクアウト商品につける調味料用など、様々な使用シーンを提案した。トロピカーナの飲料ほか、メーカーとのコラボレーションも実現させている。

《Sustainable Development Goals Lions》

グランプリ THE 2030 CALCULATOR(DOCONOMY・SWEDEN・2021)

企画/制作 DOCONOMY,Stockholm/FARM,Stockholm/2050,Stockholm/JUNGLE DESIGN Stockholm/VACUUMLABS,Bratislava

2030年までにCO2排出量を50%以上削減するのがEUの目標だが、自社プロダクトの影響で生じるCO2排出量を計算し、情報の透明性を担保するのは、資金力とマンパワーに乏しい中小企業にとっては大きな負担ともなる。
スウェーデンのフィンテック「DOCONOMY」は、カーボンフットプリント(※製品のライフサイクルを通じてのCO2排出量)を、シンプルに短時間で計算し、「原料」「製造工程」「パッケージ」「輸送」などの項目ごとに表示するオープンプラットフォームを開発。無償で提供している。

《Mobile Lions》

グランプリ NAMING THE INVISIBLE BY DIGITAL BIRTH REGISTRATION(Telenor Pakistan/Telenor4G・PAKISTAN・2021)

企画/制作 TELENOR PAKISTAN,Islamabad/OGILVY PAKISTAN,Islamabad/CABOOSE UNITED KINGDOM,London/GSMA,London

パキスタンでは約6000万人もの人々の出生届が提出されていないという。そのことが医療や社会保障、公的教育へのアクセスを困難にし、児童労働や児童婚といった問題を生み出す要因ともなっている。
同国の大手通信サービス・テレノール(本拠地:ノルウェー)は、この課題を解決するため、デジタル出生届のシステムを構築した。
Android対応のモバイルアプリを経由して、医療機関や地域の首長らが出生数や両親の住所、電話番号などのデータを提供する。行政機関はその情報をもとに出生登録を行う。これにより426の農村で新たに120万人もの子供が”誕生”することとなった。

《PR Lions》

グランプリ CONTRACT FOR CHANGE(ABINBEV/Michelob ULTRA・USA・2020)

企画/制作 FCB CHICAGO/FCB NEW YORK

米国で現在、有機作物の生産に取り組む農家は、全体の1%以下にすぎない。原料となる有機栽培農産物の調達をスムースに行い、健康志向のビールとしての認知を高めたい「ミケロブ・ウルトラ・ピュアゴールド」は、CCOFほかの有機農法認証・促進機関とパートナーシップを締結した。
「チェンジのための契約」プロジェクトでは、有機農業への移行を希望する生産者と3年間の契約を結んで資金面で支援、技術指導も行うなどオーガニック農家への”転業”をサポート。
2020年には、カスタマーが6本入りのミケロブ・ウルトラ・ピュアゴールドを購入するたびに、6スクエアフィート(約0.56㎡)ぶんの有機栽培農地への転換をサポートするキャンペーンも実施。スーパーボウルで告知CMをオンエアした。現在では10万エーカー(約400㎢)を超える農地のオーガニック化が進行しているという。

《Entertainment Lions》

グランプリ IN LOVE WE TRUST(SINYI REALTY・TAIWAN・2021)

企画/制作 DENTSU MCGARRYBOWEN,Taipei City/PALACE FILM,Taipei

結婚、離婚、そして死別ーー役所の戸籍係として、人生の岐路となる一瞬に日々立ち会う女性の恋愛ストーリー。台湾を拠点に海外展開もする不動産グループ・信義房屋によるショートムービー。
台湾では近年、離婚率が上昇傾向にあり、結婚に懐疑的な若い層を指す「疑婚世代」という言葉さえ取りざたされている。その社会状況は、夫婦や家族向けの家を提供する不動産業界にとっての課題でもある。
そこで信義房屋では、人気のインフルエンサーを起用し、若い世代に向けて、「結婚は人を幸福にする」というメッセージを発信するオンライン・キャンペーンに力を入れており、その一環としてこのムービーも制作した。2020年、台湾でもっともシェアされた広告動画となった。

《Entertainment Lions for Sport》

グランプリ SALLA 2032(HOUSE OF LAPLAND”#SAVESALLA”・FINLAND/BRAZIL・2021)

企画/制作 AFRICA DDB,São Paulo/PRIMO CONTENT,Sao Paulo/SATELITE AUDIO,São Paulo/TRIATOMA,Sao Paulo

フィンランドの極寒の地として知られるサッラ(SALLA)。ここに2032年の”夏季”オリンピックを招致しようと、熱心に活動する地元の人々の姿を描いたフェイク・ムービー。
その頃には「ここも温暖な場所になるはずだから」という皮肉なジョークで、「サッラの自然と地球環境を守ろう」のメッセージを伝えている。
広告主としてクレジットされている”HOUSE OF LAPLAND”は、フィンランド・ラップランド地方の観光と地域振興の施策に携わる公的マーケティング組織だが、動画の企画・制作はブラジルのエージェンシー並びにプロダクションが手がけている。

《Entertainment Lions for Music》

グランプリ FEED PARADE(MERCADO LIVRE・BRAZIL・2021)

企画/制作 GUT AGENCY,São Paulo/BREITHNER MONTEIRO FILMES,São Paulo/HEFTY,São Paulo/LANDIA,São Paulo

パウリスタ通りは、ブラジルの民主化デモの舞台となってきたストリート。1997年以降は、世界最大級のプライド・パレードも開催されてきた。しかし、2020年はパンデミックの影響と同時に、LGBTQ+コミュニティーに対する暴力の激化でパレードは中止になった。
eコマース企業のメルカド・リブレは、オンライン上にプライド・パレードの場を提供。ブラジルのドラァグクイーン及び歌手として著名なグロリア・グルーブをイベントの広告塔に起用し、ミュージックビデオも制作した。

《Glass:The Lions for Change》

グランプリ I AM(STARBUCKS・BRAZIL・2021)

企画/制作 VMLY&R BRAZIL,São Paulo

トランスジェンダーの人々の中には、改名すべきかどうかの悩みを抱える人も多い。見た目と名前のイメージギャップから、侮辱を受けるケースさえある。だが、公的な改名の手続きは煩雑で、費用も高い。
スターバックスには、オーダーしたお客さんの紙カップに名前を書くカルチャーがあり、すべてのカスタマーが自身の名に誇りを感じられるような社会が来ることを願っているという。
ブラジルのスターバックスでは、トランスジェンダーの人たちの改名をサポートする取り組みを実施している。サンパウロのある店舗では、「国際トランスジェンダー認知の日」に、新しい名前の証明書を手渡すセレモニーを開催した。

《Pharma Lions》

グランプリ SICK BEATS(WOOJER・USA・2021)

企画/制作:AREA 23, AN FCB HEALTH NETWORK COMPANY,New York/
CANJA AUDIO CULTURE Curitiba/CHARLEX,New York/MISTER BRONX,New York/THE EMBASSY VFX,Vancouver

難病とされる嚢胞性線維症(CF症)に苦しむ子供たち。振動するベストを着用して行う気道クリアランス療法は、子供たちにとって苦痛な時間である。
WOOJER(ウージャー)は、音を振動に変換し、より臨場感のあるゲーム体験ができるベストを開発・製造している。
このプロダクトを治療ベストに転用できると考えた同社は、音楽ストリーミングサービス・spotifyから、セラピーに効果的な周波数が含まれる数千の楽曲をセレクト。子供たちは、音楽(ビート)を楽しみながら治療ができる。

河尻亨一(かわじり・こういち)

編集者、銀河ライター。1974年生まれ。
取材・執筆からイベント、企業コンテンツの企画制作ほか、広告とジャーナリズムをつなぐ活動を行う。
カンヌライオンズ国際クリエイティビティフェスティバルは、2007年以降、取材している。
著書に『TIMELESS 石岡瑛子とその時代』、訳書に『CREATIVE SUPERPOWERS』がある。東北芸術工科大学客員教授。